46-すれ違う思惑
「バイバイ」
麗叶の全身に電気が走った。
何が聞こえて来たのか、麗叶は理解できない。したくない。
「麗叶、バイバイ」
さよならは、冷たい笑顔で、麗叶に届けられた。
「…ぁ」
どこかで、麗叶は期待していた。
ホントは愛してくれているんじゃないか?
追わない芯が、自分には追ってきてくれるんじゃないか?
(そんな都合の良いこと、考えてた。望んでた。…ワタシハ、ナンテ醜イ…)
固まったまま動けない麗叶に、表情を消した芯が近づく。
麗叶には目も向けない。
顎を上げ、斜め上の虚空をうっすら見つめながら、芯がただの通行人のように近づいてくる。
麗叶の体は何かに縛られ、ピクリとも動かない。ただ、胸の奥がブルブルと震え始めた。
(泣いちゃだめ。絶対。泣いたら私、自分を許せない)
麗叶はじっと、ただ、じっと、遅く流れる時間に耐えていた。。。
ポン、…ポン
「?!」
芯は薬指で麗叶の頭に軽くふれ、横を通り過ぎて行った。
(大丈夫だよ。)
いつも、現場で芯に励まされた『合図』。
麗叶はもう、立っていられなかった。
涙が溢れ、とめどなく溢れて、アスファルトに落ちていく。
ジャリ…ジャリ…ジャリ…
麗叶の横を通り過ぎた瞬間、芯の涙はスルッと胸まで零れ落ちた。
麗叶の気持ち。
理解したくない気持ち。
想ってくれている。
ただ、、、、それは『マネージャー』として。
(俺は何のために…)
虚無感とともに
(麗叶の望み、俺がプロとして仕事すること)
湧き上がる使命感。
それでも、芯にはプライドがあった。
意地があった。
麗叶の言葉に深く傷つけられたんだ。
腹がたつ。むちゃくちゃにムカついた。
だから自分から、『さよなら』を宣言してやりたくなった。
でも…
なのに…
麗叶のあの顔。
後悔と罪悪感に塗りつぶされた瞳。
『大丈夫。分かったよ』
麗叶にそう言ってやりたくなってしまった。
(分かってない…分かりたくない…)
「ずりーよ。麗叶…」
ジャリ…ジャリ…ジャリ…
止まりそうになる足を必死に前へ進める。
揺れる心を抱え、芯は麗叶から遠ざかって行った。
「…、…っ」
嗚咽が麗叶の両手から漏れ、静かな晩夏の夜に沈み込んでいく。
『愛してる』が聞けないまま、言えないまま、
2人の関係は、麗叶が合宿所を離れる日に終わった。
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記者発表を機に、合宿中の秘蔵写真が各メディアを賑わせた。
『アジアワールドツアーの舞台裏! 半年間の極秘強化合宿』
朝のワイドショーや、写真週刊誌も、ネット上も、「秘密」の合宿の話題で持ちきりになった。
世間の注目が十分に集まったのを見計らって、社長は4か月余りに及んだ合宿の終了を告げた。
合宿の最終日、そこに麗叶の姿はなかった。
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『芹沢芯に新恋人!?』
『人気アイドルSeven C'sのメンバー、恋多き男 芹沢芯に新恋人か?
お相手は、演技派女優として知られ、NHK大河ドラマ「千の舞」でもおなじみの美山遥。
写真は9月某日、都内のイタリアンレストランで仲睦まじく食事を楽しむ二人の姿を捉えたものだ。
楽しそうに笑顔で話す美山に、芹沢は終始優しく耳を傾けていた。食事を終えると、芹沢は美山のためにタクシーを拾うなど、紳士的な一面ものぞかせた。
バラエティ番組での共演をきっかけに知り合ったという二人。どうやら交際は順調に進んでいるようだ。
今秋には海外進出も控えるなど、将来有望な芹沢だけに、二人の関係が今後どのように発展していくのか、注目が集まる。
なお、双方の所属事務所からは、現時点で正式なコメントは発表されていない』
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「で、付き合ってるのか?」
「みんなでメシ行っただけです」
「本来なら認められんところだが、お前が本気なら認めてやってもいいぞ」
「だから付き合ってないって」
「じゃあ付き合ったことにしろっ!!」
芯は目を見開いた。
「…え?…アハ。何言ってんですか?山内さん」
思わず苦笑いになる。
「あれだけ、恋愛NGってギャーギャー言ってたじゃねーかよ」
「相手による」
「……」
「美山遥ならどの世代にも認知されているし、少なくとも世間一般的にはイメージが良い。
どこの馬の骨とも知れん奴と付き合うより、よっぽどマシだ!」
山内はルゥの不倫を思い出しながら、苦々しい顔をした。
「なにより、ツアーの宣伝になる」
「んなの知るか。美山遥はただの共演者!」
「付き合ってないなら、いったん付き合え。
ひとまず交際を匂わせて、後でそれを否定する声明を出せばいい。タイミングはこっちで決めて連絡する」
「却下。 ばっかじゃねーの」
芯は吐き捨てるように言い、山内の部屋を出て行こうとして、ふと立ち止まった。
「この話って、れ……もう一人のマネージャーも知ってんの?」
麗叶とは合宿所で別れて以来、一度も会っていない。
山内は『遥との熱愛報道』のことを尋ねているのだと思って答えた。
芯は『美山遙との交際を事務所が強要する』ことについて訊いていた。
麗叶はまだ、両方とも知らない。
「青木? 当然知ってるだろ?」
「……んだよ、それ…」
バンッ!!!
芯はドアを力任せに閉めた。
アジアワールドツアーの合同会議中、麗叶は、芯と美山遥の熱愛記事を目にした。
その後の会議で何が話し合われたのか、ほとんど覚えていない。
帰宅したマンションで、麗叶は声を出して泣いた。
芯との関係は、終わった…
……ううん。
始まってもいなかった。
「何も、なかった。」
今年の夏は、
なんにも、なかった。
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カーン、カーン、カーン
煌めく鐘の音が、青空いっぱいに響き渡った。
「おめでとぉ~!!」
「お幸せに!」
フラワーシャワーの中、笑顔の二人は、ゆっくり歩みを進めている。
「麗ちゃん!」




