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瞳孔を冷やして。  作者: 橘樹 杏果


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45/59

45-夏から秋へ

「麗叶!!」

芯の視線が、ヒリヒリと麗叶を焼く。


ルゥに別れを強いてしまった後、麗叶は芯を避けていた。

合宿所へも深夜に帰宅し、ノックにも応えず、扉は固く閉じたまま。


芯のいない夜は長い。

今も、麗叶を襲うフラッシュバック。暗闇に雨が光ると身体が凍る。

芯に守られて、麗叶は安らぎを得ていた…でも

(ルゥから愛を奪っておいて、自分だけ愛し続けるなんて、そんな都合のいいことできない。

それに、、、

私の愛も、芯から全てを『奪う』)


目をそらしたまま、硬い表情の麗叶が事務的に話す。

「アジアワールドツアーの発表は3日後。芯、その準備をして」

麗叶は込み上がる感情を押し殺し、息継ぎもせずに一気に告げた。

「マスコミ発表に合わせて明日から、私の代わりに山内さんが同居します」

「お前は、ここを出て行くのか?」

「そう」

そう言うと、芯の腕を払ってその場を離れた。

「俺らは!?いつまでここに軟禁されんだよ? もう3ヶ月経つだろ?」

「……」

「俺らの自由はどこにあるんだ!!」

麗叶は足を止めた。その答えが、麗叶にも分からない。


「今夜、外泊する」

「え?!」

振り向くと、遠ざかろうとする芯の後ろ姿。歩みを止めず、芯は冷たく言い放つ。

「20時。車で送って」

「待って、芯! 明日の朝には山内さんが来るのよ!! 本来は外泊は禁止なんだから!!」

「……」

芯は間を置いてから振り返り、あえて挑発するように片眉をわずかに上げてみせた。 

「…だから?」


遠ざかっていく芯の背中が、なぜかひどく傷ついて見えた。


ーーーーーーーーーーー


「ちゃんと話をしよう」と芯に押し切られ、二人は深夜の公園で車を降りた。

行き先も決めずに歩いていたが、芯が立ち止まる前に麗叶は口火を切った。

「もう、二人きりで会う気はありません」


灰色の街灯が、二人をぼんやりと照らしている。

「……。」

セミは、もう声を失ってしまった。

歩みを止めた芯の背中が、拒絶するように固まっている。


「もう、二人で会う気はない、です」

「……」

麗叶が念を押すと、芯はゆっくりと顔を向けた。

麗叶の瞳の奥を見つめる。

聡明な芯が、麗叶の真意を掴もうとする。


麗叶は

瞳孔の中を冷やした。


「なんで?」

「それは…」

「別れたいってこと?」

公園の木立の間をぬうように、無音の風がスッと流れた。

視線をはずし、一番言いたくない言葉を口にする。

「別に、、、私たち付き合ってたわけじゃ…」

そう、自分に言い聞かせる。

「……」

「あの時は気が動転してて、魔が差したっていうか、一夜の間違いで」

「一夜じゃ、ねぇだろ?」


麗叶の表情が、街灯の光で白くぼやけ、芯には見えない。

芯の表情が、夏夜の木陰にまぎれ、麗叶には見えない。


「そこに…気持ちは、、なかった……」

麗叶の声が徐々に小さくなり

「お互いに…」

消え入りそうな声で呟いた。

芯の表情を見るのが怖い。

かろうじて聞き取れるほどの細い声で、訊く。

「そうでしょ?」


「……」

芯の無言は、グサグサと麗叶の全身を貫き、致命傷を負わせる。

一歩踏み出した芯の顔に、とがった月が光を当てた。


開きかけた芯の唇に気付かず、麗叶が続ける。

「芯には、プロの仕事をしてほしい! ファンをがっかりさせないように!」


芯の美しい顔に、苦悩が浮かんでいた。

「夢のために、芸能界に入ったんでしょ?」

芯は何かを言いかけ、わずかに唇を噛んだ。その眼差しは、悲しげに麗叶を見つめていた。

「私はそれを実現させたいの。だって、私の仕事は、キミ達の夢を全力でサポートすることだから」

(夢を潰しちゃいけない!)


「…」

「甘えてしまって本当にごめんなさい。今までありがとう」

「……」

麗叶には、もう数秒の沈黙も耐えられなかった。

「話、もういいかな? 明日は迎えに来れないから、遅刻しないように帰って来て下さいね」

返事を待たず、声だけ残して、立ち去ろうとした。


「ねー!」


鋭い音が足に絡まって、麗叶の歩みを止めた。


「ねー!!」


(これ以上は、芯の顔、見れない…)

それでも、振り向く間に、仮面を覆う麗叶の目に

映った、芯の……

(笑顔?)


「ぇ…?」


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