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瞳孔を冷やして。  作者: 橘樹 杏果


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43/59

43-愛を奪う資格

コンコン

いつもより硬い音に聞こえる。

麗叶は、ゆっくりと扉を開けた。


「……。」

「入って。」

麗叶が促すと、ルゥは無表情でそれに従った。

整理された部屋。

小さなテーブルに、湯気のたったティーカップが二つ。

「こっちにどうぞ。」


ルゥは、麗叶の向かいの椅子に浅く腰をかけた。


「紅茶、冷めないうちにどう…」

「話って? 何の話?」

冷たい声が、麗叶の言葉を遮る。


顔を上げると、ルゥが射るような瞳で自分を見つめていた。

麗叶は覚悟を決めた。


「ルゥ、お付き合いしてる人、いる、よね?」

「……。」

「彼女の…『先生』の話を、聞かせてくれない?」


ルゥは、静かに目を閉じた。

そして、ゆっくりと肩で息を吐き

「…いいよ」

麗叶に視線を戻した。


「いつから付き合ってるの?」

「1年前かな」

「どこで再会したの?」

「道端で偶然」

「その…、ご結婚されているって知ってた?」

「当然」

「と、当然?」

「寿退社ってやつだったし。それに道端で会った時、あいつはケガだらけ、裸足で助けを求めてた。レイプされたのかと思って聞いたら、旦那だった。だから」

「だから……?」

「旦那の暴力が原因で逃げてる時に、俺らは再会したんだよ。それがなければ、付き合うことも無かった。たぶんね」

「それ、、…」

「……」


ルゥの瞳が、僅かに揺れた。

「…うん、同情かもね」

ため息まじりにそう言うと、ルゥは窓に目をむけた。


「ほんとに……同情?」

「……」

ルゥの心が震えている。


麗叶は込み上げて来るものを、ぐっと抑えた。

理由は分からない。ただ、ルゥから言わせちゃいけない気がした。


「ルゥ。用件を伝えます。彼女と別れてください。これは事務所からの正式な通告です」

強い口調で、できるだけ淡々と発した。


「麗叶さん、俺さ」

ルゥは窓に目を向けたまま、言葉を続けた。

「俺、今回大きなプロジェクトでデザインとかやらしてもらってて、今すごく仕事が楽しいんだよね。やりたいこと見つかったって感じ。麗叶さんのお陰」

ルゥは麗叶に微笑を向けた。

それは、麗叶が知っている、いつもの子どもっぽい破顔でも、虚勢を張っているニヒルな冷笑でもなかった。


「そろそろ、潮時だったんだ」

窓から差し込む夕日が、ルゥの顔を照らす。

「俺は、きっかけを待ってた気がする」

ルゥは、小さな声で呟いた。


夕焼けが、今日最後の光を強めている。

悲しいくらいに美しい輝きで。


「別れるよ。」

立ち上がりながら、ルゥが言う。

そこには、やけくそ雰囲気も抑えた怒りもない。

あまりにも日常会話のような軽い口調に、

麗叶はルゥの真意を探ろうとした。

「ちゃんと別れられる? 彼女は納得すると思う?」

「さぁね。でも…」


まっすぐに顔をあげ、

「あいつらや麗叶さんを、俺、裏切れない」

ルゥは言葉に力を入れている。

虚空を見据えた目は、こらえた涙で真っ赤になっていた。


「…あり…」

ありがとう、と言いかけ、麗叶は飲み込んだ。

ごめんね、なんて口が裂けても言えない。

自分だけが罪悪感から逃れるような真似なんて、できない。

麗叶には、ルゥに返す言葉が見つからなかった。


「じゃ、もういい?」

「…ん」


扉を前にしたルゥが、振り向かないで訊いてきた。

「麗叶さんさ、もしかしてこの件で事務所とバトった?」

「ぇ?」

「もし戦ってくれてたら、、、、」

「…」

「    。」


扉が静かに閉まる。

ルゥは口の中で小さく呟いたのに、ハッキリ聞こえた言葉。

『ありがと。』


麗叶の瞳から

涙が、こぼれる。溢れる。

心がキシキシと悲鳴を上げていた。


(私は……)


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