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瞳孔を冷やして。  作者: 橘樹 杏果


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42/59

42-マーミヤの選んだ道の先

「ルゥ。明日、私の部屋に来てくれない?」


車外へ踏み出す直前、ルゥは動きを止めた。

ーーなんだろう、胸騒ぎがする。

悟られないよう、座席の背を握り締め、ゆっくり振り返った。


「何時?」

「レッスン後でいいよ」

「…分かった」

背後のエンジン音が、同じ場所で鳴り続けている。

ルゥは気付かないふりをして歩いた。


玄関で芯が待っていた。

湧き上がる不安を振り払うように、ルゥはわざと芯を睨みつけ、つっけんどんに訊いた。

「…なに?」

「麗叶、なんて?」

「明日、部屋に来いって」

「…ふ~ん…」

「衣装の打ち合わせじゃない?」

「それならダイニングでしろよ」

「…。しらねーよ」


不安が深まる。

胸の奥がザワザワする。

麗叶さんの硬い表情は、、なぜ…


ーーーーーー


マーミヤのレッスンは、もうそろそろ終わっている頃だ。

車はノロノロと進んでいる。


麗叶は会議室から出る前に、山内に念を押された。

「お前の言う通り、説得しかないかもしれんな。来栖のことだから別れたふりをして、裏で関係を続けるかもしれん。それじゃぁ意味がない。だから、青木、ちゃんと納得して別れさせろよ!」

しかし麗叶には、どう言ってもルゥは納得しない気がしていた。

(どうやって?何て言って愛を奪うの?)


(ワタシニ、ウバウ シカクガ アル?)


合宿所に到着すると、玄関先のコンクリートに座ったマーミヤが、険しい表情でタバコをふかしていた。

しかしすぐに車に気付き、ニッコリ微笑んで手を振ってきた。

麗叶は会釈だけして、ガレージへ車を進めた。

急いで玄関まで挨拶に向かう。

「おはようございます。今日もご指導いただき、ありがとうございました」

「麗ちゃん、、、、」

マーミヤの厳しい顔を前に、麗叶はハッと思い出した。

「あ!この前、事務所で私を探してらっしゃんたんですよね? すみませんでした! ご用を伺いに、こちらからご連絡しなければいけなかったのに」

「あ、あぁ、あぁ! それはね、もういいのよ。気にしないで」

「そうですか? …あの、何か、、問題でも?」


じっと麗叶を見ていたマーミヤだったが、ふいに悲しそうな目をして笑った。

「ねぇ麗ちゃん。貴方、恋をしたことある?」

「え?」

「本気の恋。もう一生に一度の恋よ」


(マーミヤさん?)


「私はあるわ。愛していて愛していて、だから地位も名誉もぜーんぶ捨てて日本に帰ってきたの」


ジッジッジッジ

セミが遠くで鳴いている。


「後悔は、してない。したくないわ。あの後、結局お別れしちゃったけど、あの時の自分は好きだもの。一生懸命だった自分を、褒めてあげたい」

麗叶は静かに隣に腰をおろすと、マーミヤが見る同じ景色へ目を向けた。


「でもね」

前を向いたまま、マーミヤは独り言のようにつぶやいた。

「今でも時々思っちゃうのよ。

あの時アメリカに残ってたら? どんなお仕事が出来たのかしら? どんな世界が待ってたのかしら?って」

麗叶はマーミヤの横顔を見た。

「私は愛を選んだ。でも仕事が好きだった。とっても…」

「…はい…」


「愛か仕事か。難しいわよね。正解なんて、きっと誰にも分からない。」


ミーンミーンミーン…


「でもね、私、思うの。せっかくなら、素敵な恋愛しなきゃって。成長できるような。だって…

愛が、全てを奪うこともあるもの…」


麗叶はそっと目を閉じた。


「何もかも、失ってしまうかもしれない」


キシキシと音を立てる心。

麗叶は必死に顔を上げ、マーミヤの言葉を受け取った。

「そうですね…」


「あら、やだ! 私ったら、ついついしゃべりすぎ!

さ、ルゥが待ってるわよ。行ってあげて」


麗叶は深く一礼して、玄関の扉に手をかけると、


開けた。



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