42-マーミヤの選んだ道の先
「ルゥ。明日、私の部屋に来てくれない?」
車外へ踏み出す直前、ルゥは動きを止めた。
ーーなんだろう、胸騒ぎがする。
悟られないよう、座席の背を握り締め、ゆっくり振り返った。
「何時?」
「レッスン後でいいよ」
「…分かった」
背後のエンジン音が、同じ場所で鳴り続けている。
ルゥは気付かないふりをして歩いた。
玄関で芯が待っていた。
湧き上がる不安を振り払うように、ルゥはわざと芯を睨みつけ、つっけんどんに訊いた。
「…なに?」
「麗叶、なんて?」
「明日、部屋に来いって」
「…ふ~ん…」
「衣装の打ち合わせじゃない?」
「それならダイニングでしろよ」
「…。しらねーよ」
不安が深まる。
胸の奥がザワザワする。
麗叶さんの硬い表情は、、なぜ…
ーーーーーー
マーミヤのレッスンは、もうそろそろ終わっている頃だ。
車はノロノロと進んでいる。
麗叶は会議室から出る前に、山内に念を押された。
「お前の言う通り、説得しかないかもしれんな。来栖のことだから別れたふりをして、裏で関係を続けるかもしれん。それじゃぁ意味がない。だから、青木、ちゃんと納得して別れさせろよ!」
しかし麗叶には、どう言ってもルゥは納得しない気がしていた。
(どうやって?何て言って愛を奪うの?)
(ワタシニ、ウバウ シカクガ アル?)
合宿所に到着すると、玄関先のコンクリートに座ったマーミヤが、険しい表情でタバコをふかしていた。
しかしすぐに車に気付き、ニッコリ微笑んで手を振ってきた。
麗叶は会釈だけして、ガレージへ車を進めた。
急いで玄関まで挨拶に向かう。
「おはようございます。今日もご指導いただき、ありがとうございました」
「麗ちゃん、、、、」
マーミヤの厳しい顔を前に、麗叶はハッと思い出した。
「あ!この前、事務所で私を探してらっしゃんたんですよね? すみませんでした! ご用を伺いに、こちらからご連絡しなければいけなかったのに」
「あ、あぁ、あぁ! それはね、もういいのよ。気にしないで」
「そうですか? …あの、何か、、問題でも?」
じっと麗叶を見ていたマーミヤだったが、ふいに悲しそうな目をして笑った。
「ねぇ麗ちゃん。貴方、恋をしたことある?」
「え?」
「本気の恋。もう一生に一度の恋よ」
(マーミヤさん?)
「私はあるわ。愛していて愛していて、だから地位も名誉もぜーんぶ捨てて日本に帰ってきたの」
ジッジッジッジ
セミが遠くで鳴いている。
「後悔は、してない。したくないわ。あの後、結局お別れしちゃったけど、あの時の自分は好きだもの。一生懸命だった自分を、褒めてあげたい」
麗叶は静かに隣に腰をおろすと、マーミヤが見る同じ景色へ目を向けた。
「でもね」
前を向いたまま、マーミヤは独り言のようにつぶやいた。
「今でも時々思っちゃうのよ。
あの時アメリカに残ってたら? どんなお仕事が出来たのかしら? どんな世界が待ってたのかしら?って」
麗叶はマーミヤの横顔を見た。
「私は愛を選んだ。でも仕事が好きだった。とっても…」
「…はい…」
「愛か仕事か。難しいわよね。正解なんて、きっと誰にも分からない。」
ミーンミーンミーン…
「でもね、私、思うの。せっかくなら、素敵な恋愛しなきゃって。成長できるような。だって…
愛が、全てを奪うこともあるもの…」
麗叶はそっと目を閉じた。
「何もかも、失ってしまうかもしれない」
キシキシと音を立てる心。
麗叶は必死に顔を上げ、マーミヤの言葉を受け取った。
「そうですね…」
「あら、やだ! 私ったら、ついついしゃべりすぎ!
さ、ルゥが待ってるわよ。行ってあげて」
麗叶は深く一礼して、玄関の扉に手をかけると、
開けた。
もし楽しんでいただけましたら、
ブックマークや評価(★)、感想やリアクションなどで応援いただけると
執筆の大きな励みになります。
これからも楽しんでいただけるよう頑張ります




