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瞳孔を冷やして。  作者: 橘樹 杏果


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28-闇を喰らった男

髪の毛が逆立つ。

瞬間、背筋が凍る。

咄嗟(とっさ)に車を発進しようとして、やっとの思いで踏みとどまった。


「中野、さん……?」

間違いかもしれないと一縷(いちる)の望みをかけて尋(き)く。


ニヤニヤと笑った男。

「青木、元気か?偶然だねぇ~」


動悸を抑えられないまま、中野の表情から意図を汲み取ろうとした。

(なぜ?どうしてここに。まさか…つけて来た?!)


まるで麗叶の不安を見透かしたように、中野が猫なで声を出した。

「たまたま偶然だよ。びっくりしてるのは俺なんだ。いやぁ~良かったよ」

「ど、どういう意味ですか?」

「俺の車、なんか変な溝に嵌(はま)っててさ。全然動かないんだよ。

だから、青木に後ろから車を押して欲しいんだけどぉ~」


振り返ると、小さく黄色い物体が。。

(あれ?あの車…)


「さっきのコンビニに」

「そうそう! そこのコンビニ入ったらさ、たまたま偶然、奇遇にもお前を見かけて!

そりゃもう、俺もさ、ビックリしちったよ~~!」


(黄色の車は、、、芯の彼女のじゃ、なかった…)


険しかった麗叶の表情が少しだけ緩んだのを見て、中野は鼻をひくつかせながら笑った。

「へへっへ。確かこの辺だもんな。社長の別荘」


『合宿所』へは中野も幾度となく訪れていて、土地勘はある。


「中野さんは、この辺で何を?」

「ドライブだよ。気晴らしにね」


(油断できない)


「ずいぶんと遠出されたんですね。こんな雨の日に」

「考え事が多くてね、、、お陰さんで」


強まる雨。

中野の傘がバタバタと音を立てる。

麗叶の心臓が違う音で鳴り始め、アドレナリンが体中を駆け巡る。

(どうすべき?!)


「なぁ、この辺って誰もいなくてさ、頼むよぉ」

「業者を呼んではいかがですか?または先ほどのコンビニで頼むとか」

「そんな冷たいこと言うなよ。俺には優しくしといた方がさ、何かと良いんじゃないの?…」


黒い豪雨の中では光るはずもない目が、ギラッと光って見えた。


(ここはやり過ごした方がいい。下手に逆らうと後でどう出るか分からない…)

「分かりました。お手伝いしましょう」

サングラスを外し、激しさを増す雨の中で、麗叶は傘を広げた。


防犯ブザーは手の中にある。

(まさか、とは思うけど、念のため…)


「車、あそこにあんだよ」


麗叶は中野より先を歩きながら、少しでも距離を取ろうと足を速めた。

都内から、いくらも離れていないはずなのに、さびれた家並み、点在する畑や林。

横に伸びる小道の先は暗闇しかない。

街灯も、力なく雨に光を与えているだけだ。

歩道はあちこち削れて凹み、ヒールがひっかかる。

おまけに雨で滑りやすくなっているせいで、次第に歩調がゆるんでしまう。


ツッ。


滑って足をとられたその瞬間!

何かが麗叶の口を覆った。


「?!」


一瞬、何が起こったか分からない。

振り返ろうとするが、ものすごい力が押さえつける。

麗叶はあっという間に小道へ引きずり込まれてしまった。


「んーーーーっ!!!!!」


力の限り抵抗しているが、びくともしない。

防犯ブザーも傘も手を離れ、どこかに飛んでいった。

手も足もめちゃくちゃに動かし、麗叶は死に物狂いで暴れた。


「ヤァーーーッ!!!」

右目に泥が入る。

「イヤ!イヤ!イヤ!!」

痛いはずなのに

「止めてっ!」

恐怖で何も感じない。


いつのまにか馬乗りになった中野が

胃をギューッと潰してーーー


「だ、だ、れか…」


バシっ!!!!


「!!」


バシ!バシ!バシ!


中野の平手が往復する。


恐怖で声を失った麗叶に

「へ、へへへへ。蚊。だよ」

にや~~っと歯を見せた。


(口が…)

黒い。

闇を喰らったように、黒い。

口も目も

闇に染まっている…。


麗叶の血の気は一気に引いていった。


「俺を恨むなよ。あいつらが俺を馬鹿にしたからだからな…」


「………」

声が喉に張り付く。


「俺を馬鹿にしやがって。馬鹿にしやがって。馬鹿にしやがって!!!」


ピカっ!!!

ドドン!!


光と音の間隔が短い。

心臓は雷の轟音にリンクした。


「俺が悪いんじゃねーんだ。あいつらが悪いんだ!」


中野の手が麗叶の胸をまさぐっている。

恐怖以上の嫌悪感が、虫が這うようにザワザワと全身を突き抜けた。


「イヤーーーー!!」


喉が裂けるほど叫んだのに、

豪雨と雷が、声をすべて吸収していった。




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