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瞳孔を冷やして。  作者: 橘樹 杏果


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27-雨と痛み

「明日の夜に外泊したい? 行き先はどこ?」

「オンナんとこ。」


黒く染めたばかりの髪が、芯を隠す。

それっきり、麗叶は芯と目を合わせられずにいた。


(こんなに苦しいのはきっと心配だからだ。

芯のことが心配だから…。)


「プロの仕事しなさい!!」

鏡に映る自分を見据え、何度も唱えた呪文。


(明日は芯に笑いかけよう。普段通りにすればいい)


胸にたまる重い空気。

吐き出す術(すべ)が、麗叶には分からない。


ーーーーーーーーーーーー

「おはよう!」

努めて明るい声を作り、麗叶がダイニングに入ると、

テーブルに顔をうずめたノリと、ソファで片膝を抱えて座る芯がいた。

風で揺れるレースのカーテン越しに、芯は遥か遠くを見ている。


(今夜、芯は彼女と…)

沸き上がる想像を、パタパタと手で払っていると


「麗さん、なぁに朝から踊ってんの?」

ニヤついたアキラが後ろに立っていた。


「アキラ、おはよ!!いい天気だね!」

「そぉ…かぁ~? 曇ってね?」

「あれ…あぁ…。そ、そだね?」

「なぁ~んだよ。麗さん。彼氏とイイ事でもあったん?朝から張り切っちゃってさ。ふぁああああ~」

アキラはTシャツの中に手を入れ、ボリボリとお腹を掻いた。


「ウフフ」

笑い声が、うまく出せない。

芯が体勢を変え、麗叶に背を向ける。


「ねぇ! ルゥは? まだ?」

「知んね。まだ寝てんじゃねーの」

アキラは欠伸をしながらリビングルームへ入ると、芯の向かいのソファにドサッと倒れ込んだ。

「眠ぃ~!!」

「誰か、ルゥを起こして来てくれない?」


……。


麗叶は意を決し、

「ねぇ芯。お願いしちゃダメ?」

笑ったつもりの顔を向ける。

しばらく下を向いていた芯は、立ち上がるなり、麗叶の横を風を作って通り過ぎた。


ズキ…

「二人とも~今朝は何飲むぅ~?」

いつもより大きくなっている声が、ダイニングに虚しく響いていた。


ーーーーーーーーーーーーーー

約束の時間、麗叶は車を降り、暗闇の中で梅雨の匂いを感じていた。


(これから芯は…)


雨が、ポツリポツリと肩に乗る。


「お待たせして、すみません」

芯がメガネをかけてやってきた。

最近よく見かけるダテメガネ。

表情がよく見えない。


「大丈夫。時間通り。じゃ、行きましょう」

明るい声で、後部座席のドアを開けて促した。

「2丁目交差点でいいの? そこって駐車場ある所?」


返事がない。


「…芯?」

「あ、はい。お願いします」


(明日、朝何時に迎えに行けば良いか、聞かなきゃ)

なのに、これから芯が彼女と一緒に過ごす姿を想像すると

聞けない。


(聞かなきゃ…)


黙り込んだ二人を乗せて、車内は湿気を帯び、沈んでいく。

雨足は弱まり、必要性を失ったワイパーは、キュッキュッと音を立てる。

分かってはいても、麗叶はワイパーを止めるのも億劫になっていた。


「あ、この辺で。」


芯のかすれた声が耳に入り、身体がビクッと反応する。

喉につかえた塊で、返事ができない。


麗叶は寝静まった交差点を曲がり、駐車場の広い、名も知らぬコンビニに車を停めた。

向こう側で、黄色い車が駐車場に入ろうとしていた。

その一台だけ。人影はまったくない。

麗叶は思わず尋ねた。

「本当にここでいいの?」


合宿所から都心とは逆方向。

ナビがないと分からないような場所。


(こんな所で彼女と?)


麗叶の心配を察したのか、芯が窓の外を見たまま言った。

「車で迎えに来てるから。」


(あ!あの黄色の車?!)

さっき駐車された車が、

ググッ!!

と大きくなり、目にぶつかってきた。

(。。。あの中に芯の…)


芯は荷物を手にすると、無言で車を出た。

麗叶はハンドルを握り、黄色の物体を視界から消した。


コツ、コツ。コツコツ、コツ。

窓をたたく音を脳が理解して、麗叶はノロノロと窓を下ろした。


「あの。。」

芯の声は、いつもより小さい。

「…なに?」

麗叶の声はもっと小さい。


芯が腰を曲げて顔を覗き込んだ。

「朝はここで。」

「…」

「8時に来てもらっていいですか?」


麗叶は、ハンドルを見るともなく見ている。

芯の敬語も麗叶を傷つける。


でも…

(これじゃ駄目!)

勢いをつけて顔を向ける。

ぎこちない笑顔だってこと、自分でも分かってる。

「了解です。気をつけて行ってらっしゃい!」


無表情だった芯が、少しだけ、唇を噛んだ。

「なんて顔…してんだよ…」


眼鏡のレンズが反射して、芯の瞳を知れない。

なのに、感じる熱い視線。

ヒリヒリと麗叶を灼いていく。


麗叶はこれ以上、自分を保てる自信がなかった。

「それじゃ、8時に。」

アクセルを踏み、Uターンして路上へ向かう。

(黄色の物体には近づきたくない)

降り始めた雨に打たれても、芯はその場にじっと、佇んでいた。



開け放たれた窓から、雨が入る。

容赦なく、腕をぬらす。

でも、それが雨なのか、流れ落ちた涙なのか、そんなこと、どうでもいい。

交差点を曲がり、すぐに車を停める。

麗叶はハンドルに顔をうずめ、声を出して泣いた。

肩が揺れるほど泣くなんて、子供の時以来だった。

心が軋むのを、声を出して和らげたい――そう願った。

しっかり閉じた蓋は、いつの間にか開いていたんだ。

もう、ごまかすことなんてできない。


(芯が好き。。。。わたし、好きなんだ)


自覚して、更に痛む胸。

担当のタレントを好きになったマネージャー。

芯の恋愛を受け止められない女…

「最低だ。。わたし」

混乱は、涙でもぬぐえず、動揺は、身体を侵食していく


トントン。トントントン!


誰かが車のドアを叩いている。

麗叶は急いで、ダッシュボードに入ったサングラスを取り出し、顔を隠した。

息はあがったままだが、仕方ない。


「は、い。」


横を向く。すると、そこに

顔が。。。


見覚えのある、顔が。。



中野勇二が、、、、、いた。。。。




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