26-街路樹の陰で
とある小道に入ると、あまり知られていない駐車場がある。
麗叶はそこで、芯とルゥと別れた。
平日の表参道は、独特の雰囲気を醸し出す。
「なぁにを、ボケボケしよんな」
笑いながら、圭吾が麗叶に手を差し出した。
久しぶりに肩の力が抜けたのか、麗叶はボンヤリしてる。
「んも~! 圭ちゃんのせいだから!」
「は?! 一人で躓いとったんは、自分じゃが?!」
「圭ちゃんが悪い。私が転んだんも、この世が悪に染まるんも」
「わしゃ、悪の大魔王か?!」
笑い合いながら、圭吾の手を握って、立ち上がった。
1年ぶりに会った圭吾は、相変わらず麗叶に甘い。
歳が近いせいだろうか、姉とは思っていないようだが
それでも家族に対する愛情を、恥ずかしがることなく表現する。
そういうところは、実の弟ながらカッコイイと麗叶は思っている。
「忙しいんか? 時間と場所を指定せんと、会えんほど?」
「うん。ごめんね、合わせて貰っちゃって。出張はいつまで?」
「今日までじゃ。オヤジの墓参りも済ましたし、夜の飛行機で帰るつもりじゃ」
「…すっかり広島弁ね」
「ほぉじゃね。麗ちゃんは広島弁忘れたんか?」
「高校ん時しかいなかったしね」
「非国民じゃ。二度と広島の地を踏むことを、俺が許さん!!」
「今から行ってやる!」
両親の離婚で、2年間だけ住んだ広島。
圭吾が、東京からわざわざ広島に就職した理由を、麗叶は知らない。
あんなに明るい広島が、なぜか麗叶を切なくする。
「もう、、」
「ん?」
「こっちで暮らさないの?」
「考えとらんのぉ」
「そ、か…。」
コロンと氷が崩れる。
風と木漏れ日を感じながら、アイスコーヒーを眺めた。
麗叶は、寂しさも薄めたくなった。
薬指で氷をくるくると回す。
「夜は酒も出すんじゃな」
店のメニューをパラパラめくりながら
「麗ちゃんは、少しはお酒飲めるようになったんか?」
「うん。昔より全然! 今度来た時は、華と3人で飲みに行こう!」
「どうせ前みたいにグーグー寝るんじゃろぉがぁ?酔っ払いは道ばたに、ほけとくけぇの」
「やだ!」
「やだ、じゃねーわ。やだ、じゃ。アホか」
「捨ててっちゃ、やだ!」
仕方ないのぉと笑う圭吾。
親に甘えてこれなかった麗叶が、なぜか弟や妹にはワガママになる。
2人とも、そんな麗叶にひどく優しい。
「華が心配しよったで。マンションに帰っとらんのんか?」
「うん。ちょっと仕事忙しいから」
「そんなんじゃけん彼氏が出来んのんじゃ」
「大きなお世話!」
「やっぱり、おらんのんか?!」
圭吾が、茶化すように大笑いする。
「告白とか、ないんか?」
「あるよぉ~」
「まさか、高校ん時に中ボーに告白された話じゃーなかろうの?」
「広島の時の? そうよ。あれだってちゃんとした告白じゃないの」
1年間やっていた個人塾で採点をするアルバイト。
そこで、小さな中学生に、18歳の麗叶は告白された。
たまたま目撃していた圭吾は、その話を何度もしてくる。
「いったい何年前の話をしょーんな」
圭吾が笑うので、麗叶は圭吾の胸をグーで押した。
「圭ちゃんだって彼女いないじゃん」
圭吾の顔が、少しだけ真面目になる。
「麗ちゃんと一緒にすな。
ボヤボヤしよったら、先にお婿さんに行ってしまうんで?」
「え?」
圭吾はモテる。
下手な芸能人より目を引くし、男気もある。
「結婚? するの?」
「…アハハ! まだせんよ。姉より先に弟が行ったら、目も当てられんじゃろーが」
「お心づかい痛み入ります」
「滅相もございません。お先に、是非是非」
お互いお辞儀しあって、また笑う。
麗叶は何となく、ホッとしてしまった。
苦労してきた弟に、別の家族が出来るのは嬉しい。
でも反面、少しだけ、寂しい。
「男の前でも頑張りすぎなんじゃろ?
麗ちゃんは普段のあの、ボケ・ボケ・ボケなんが面白いんで?」
「ボケを3つも言わないの!」
沢山笑った。時があっと言う間に過ぎて行く。
「時間みつけて、華に電話したってくれんか? あいつ、シスコンじゃけん」
「うん!」
リフレッシュした麗叶は、笑顔で応えた。
「そろそろ行…」
と立ち上がる麗叶の足に、何かが…
「キャー!!」
反射的に圭吾の腕を掴む。
「キャ、イヤイヤイヤイヤっ!!!」
庇うように麗叶を自分の後ろへ引き寄せ、圭吾が下を見る。
キャンキャン!キャンキャンキャンキャン!
麗叶の叫び声で火がついたチワワが、グルグルと跳び回りながら、騒いでいる。
カフェ内がざわついた。
リードを放していた飼い主の若い女性がやってきてチワワを抱き
「やだぁ。そこまでぇ~?騒ぎすぎぃ~」
と睨む。
麗叶は恥ずかしくなって、圭吾の真後ろに隠れた。
「お騒がせしました」
圭吾が店内に向かって頭を下げ、若い飼い主に近付く。
「世の中には犬が死ぬほど嫌いな人間もいるんだ!紐、放してんじゃねぇよ!!」
一喝し、睨みつけた。
そして会計をさっさと済ますと、うつむく麗叶を連れて店を出た。
街路樹の下で振り向いた圭吾が
「大丈夫か?」
と優しく聞いた。
「…うん。」
「まだ、痕残っとんじゃろ?」
「うん。ちょっとね」
本当はクッキリ残っている。
歳を追うごとに、色が濃くなってる気さえする。
「まぁ、それは気にせんことよ」
小学4年生の時、麗叶は犬に噛まれた。
茶色で汚い野良犬だった。
スカートごしに噛まれたのに、犬の牙は肉まで到達した。
病気持ちで、興奮していたらしい。
奇跡的に感染はしなかったが、今でも太ももに醜い傷痕が、はっきりと模様を残している。
それ以来、大小関係なく犬が怖い。
あらかじめ存在が分かっていれば叫ぶことはないが、代わりに固まって動けない。
大袈裟だと笑われることも多いが、これだけは、未だに克服できずにいる。
時々ペットを現場に連れてくるタレントがいるので、必死に慣れようと頑張っているが…。
「ゴ、ゴメンね」
「麗ちゃんが謝ることは、なんも無いんで?」
圭吾が微笑む。
「今度の誕生日プレゼントは、犬の可愛ぃ~いぬいぐるみにしちゃるけーね」
「へっ?!
んーーー!! 絶対いらない!」
顔を近づけた圭吾が小声で言った。
「麗ちゃん、ちょっと汗かきすぎじゃろ。服が透けて、ますますエロ大臣じゃが」
「うそ?!透けてる?!!」
「なわけ、ない。」
天を仰いで爆笑する圭吾の肩を、バシっと叩く。
さっきの恐怖が、どんどん薄まってきた。
「暴力的な姉に、そろそろお別れせんといかんわ」
優しい笑顔だった圭吾が、
「大丈夫か?」
と、真剣な目で尋ねてきたので
「無理。死にそう。」
麗叶は変な顔で弟を見上げた。
「アハハハハ。その顔なら死なんわ」
圭吾は豪快に笑って、帰って行った。
偶然にも、そんな様子を芯は目にしてしまった。
道を挟んだ向かいの美容室。
ガラスも鏡もピカピカで、見たくもないのに、見えてしまう。
店を出た二人が、寄り添っている…?
街路樹が邪魔で、よく見えない。
(あいつ、誰?…彼氏?。。。。)
麗叶は、圭吾が見えなくなるまで、手を振っている。
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