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瞳孔を冷やして。  作者: 橘樹 杏果


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14/58

14-望まれる距離

「本田さんの快気祝い、そしてよく頑張ってる皆さんに。かんぱーい!」

麗叶の掛け声に合わせ、5つの手が一斉に缶ビールを掲げる。

「かぁ~!!うんめ~」

「苦いけど、今日はとっても美味しく感じるよぉぉ~」

「いいの? ルール破って。合宿中はアルコール禁止なんじゃなかったっけ?」

と、片目を細め、美味しそうにビールを飲みながら、ルゥが訊いた。

「ダメです」

「アハハハ!!ダメなんじゃん」

予想外の潔い回答に、ルゥは思わず声を出して笑った。


「ささやかですが、私の気持ちです。本田さんに何も異常なくて本当に良かった…。そして、皆さんは、こんな過酷な環境の中、とても頑張って下さってる。だから今日だけは特別ってことで、いかがですか?」

満面の笑顔の麗叶を前に、芯がしれっと一言。

「ていうか、おめーら、禁酒守る気あったの?」

「あるわけねぇーー!!」

「内緒ぉ~」

「もちろん…(無いぃ~)」

「え?! ダメダメダメダメ!」

ぎゃははは!

「やだ! ホントに、今日だけで!」

「ハイハイ♪」

「勿論だよ」

雰囲気が明るい。楽しい。

アキラは缶ビールを口に運びながら、缶越しに麗叶を眺めた。

(こいつ、なんか分かんねーけど、ちょっとイイじゃん…)

彼らは、麗叶が自分たちを『商品』ではなく『人』として見ていることを、敏感に感じ取っていた。

「腹減ってない? 俺だけ?」と、ルゥが芯に聞いた。

「私、何か食べ物、持ってきますよ」

「イイの? ありがと」

「麗ちゃん、僕の分もぉぉ~♪」

「麗ちゃっ!?!」

芯がビールをこぼしそうになる。

「ぁは♪ 伊達さん、麗ちゃん、ですか?」

「麗ちゃんって呼んじゃダメ? 嫌だった?」

「むしろ嬉しいです!」

「良かった~♪」

「麗叶さん、キッチンだよね。俺も一緒に行く?」

「ありがとうございます。でも来栖さんもここで待ってて下さい」

麗叶は立ち上がり、キッチンに向かう。


「麗叶ぁー!!」

貫いた声で振り返った麗叶を、ほろ酔いの芯が見つめている。

(今、麗叶って呼んだ? 空耳?)

ドキドキドキドキドキ…


「ル、ゥ! こいつの名前。ルゥ。来栖じゃねーから」

「……はい…」

「いや、むしろ来栖だよ」と、ルゥも笑い「でも、ルゥでいい」

「ズルイ! 僕もノリって呼んで欲しい!」

「俺もアキラでイイっすよー」

「あれ?シスコ~ン…」

「ちげーわ!」

ギャハハハハと盛り上がる室内で、芯だけが涼しい顔で缶チューハイを口にしていた。


芯の甘い声が、耳に残っている。

(呼び捨てされただけなのに。どうしよう、顔が熱い…)


「麗さん、今から敬語もいらねぇから」

「はい。アキラさん、えっと、では、少しだけお待ちください」

「って、さっそく敬語かい!」

みんなの笑い声を背に、麗叶は上の空のままキッチンへと急いだ。


ジャーーーー

ジャーーー

「やだ! 私なんで水出してんの?」

水道を止めて、ふぅぅ~~と息をつく。動揺が体中に広がっている。

(だめだめ。考えないようにしよう!…私、もう酔っちゃったかな?)

おつまみになりそうな食べ物を探すが、思考が止まって手間取ってしまう。

ようやく皿を手にして戻ると、彼らはいつの間にかリビングに移り、ますます大騒ぎしていた。どこから出てきたのか、焼酎やジン、ウォッカのボトルまで並んでいる。上半身裸のアキラとノリが歌う。クールなイメージだったルゥがケラケラと笑い、はしゃいでいる。

仕事にレッスン、慣れない共同生活。都内から離れた合宿所との往復も重なり、彼らの疲れと緊張はピークに達していたのかもしれない。

「あんなにお酒、隠してたんだね。まったくもう…」と眉を下げつつ

(少しは、リフレッシュになったかな?)

麗叶の口元に、自然と笑みがこぼれた。

(あれ?芹沢さんはどこ?)

麗叶は無意識に芯を探していた。

白いソファに片膝を立てて座っていた芯が、スッと顔を上げる。


視線が………逢、う…

「!!」

麗叶の心臓が破裂しそうになる。

缶ビールを手にした芯の、アルコールで強烈に色気を増した、、、視線。

目をそらせない、、、身体が動かない。。。

白い時間が流れる…


「麗ちゃん、お帰り~♪ ハイ、ビール」

「飲みかけが…あれ? 無い」

「ん?……芯! それ、麗ちゃんのビールじゃない?」

「ばか、違ぇーよ!」

「芯と間接キスになっちゃったね~キャハハハ♪」

「かっ…!!?」

(間接キスって。いや、な、なに私、動揺してんのよ、小学生じゃあるまいし)

顔に集まった血を振り払おうと、麗叶は思い切りブンブンと頭を振る。

そのままの勢いでグビグビッとビールを流し込むと、空腹の胃にビールの炭酸が広がっていった。振った頭に、アルコールがのぼる。

心配そうな芯の視線に落ち着かなくなった麗叶は、無意識にグイグイっと飲み干した。

「ひゅ~!麗さん、いくねぇ~!」

と、アキラがパチパチと手を叩き、人差し指を掲げた。

「その勢いで、呼び捨て大会やろうぜ~」

「な、何ですか?それ」

「ほら~。やっぱ敬語! 俺らジェントルだからよ、練習させてあげ~んの。麗さん、俺の名前呼んで、ハイっ!」

「アキラ…さん」

「ブゥー! アキラだよ、ア、キ、ラ。つーことで、罰ビール!」

「罰ビール?!」

麗叶は促されるまま、ビールを口にした。

「再トラーイ」

「アキラ…さ」

「ブゥー!」

「やだ、待ってくださいっ!」

「ほら~! 敬語もダメだって」

「…そうでした」

麗叶は意を決し、ビールをゴクゴク飲んだ。

「麗叶さん、こいつのアホなルールなんて守んなくてイイって」と、ルゥが心配そうに声をかける。

「いえ。ここはお酒の力を借りないと、いつまでも言えない気がしてまして」

そう、真面目な麗叶が答えると、ルゥがニヤニヤ笑った。

「麗叶さんには、最難関が待ってるし…ね」

「最難関ですか?」

「ほら、麗さん、再開すんよ!」

「アキラ……。…………で、いいですか?」

「あ~!惜しい~。敬語ぉ!」

「アキラ、アキラ! これでいい?」

「しゃーねぇな。ギリギリセーフ。んじゃ。こいつは?」

「ノリ」

「よく出来ました~♪ わぁ~麗ちゃん、嬉しいよぉ」

「こいつ」

「ルゥ」

「いいじゃん、順調順調」

「アレは?」

「し…」


(麗叶ぁー!)

耳によみがえる衝撃に、顔がカッと熱くなる。


「カッチカッチカッチ…ブゥー!!」と、アキラが体の前でバッテンを作る。

麗叶は両手を握り締め、目を瞑ると、チューハイ缶を手にし、一気に口に流し込んだ。

「ゴクゴクゴクっ!ハァ~~~」

そして顔を上げて…

「……し、し…」

「……」

「ダメ、言えない!! はぁーー!ゴクゴクゴク!!…う!!」

「麗叶さん、待って!それ、ウォッカ!」と、ルゥが止める前に、顎をあげて飲みきってしまった。

「バカ、お前ら、何させてんだよ! 麗叶、もうイイ!」

「麗さん、わりぃ! 俺、ふざけすぎた!」

「大丈夫、れす!!」

「麗ちゃん、です が レス になってるよぉ~」

ノリが笑っている。

「し、し…芯!!芯!芯!!芯、芯、芯!!しーーん!はぁ~言え、た~ぁあああ~」

麗叶は両手を挙げた。

「ありがとう、アキラ! 言えたぁ~~!やった~!」

「あははは! なんじゃそりゃ」

「きゃははは♪ 麗ちゃん面白~い!」

「みんな、ありがとう~~」

そう言うと、麗叶はおもむろに、アキラの頭を優しく撫で始めた。

「何もなくて、無事で…、本当に本当に良かったね~」

「えへへ。なんだよ、それ」

照れくさそうに目元をこするアキラの顔が、麗叶にはだんだん歪んで見えてきた。

もともとお酒に強くないうえに、連日の徹夜で疲れ果てている。

「わたし…ちょっとお水…飲んでく、る、ねぇ~」

アキラとノリの歌声を背中で聞きながら、麗叶はヨロヨロとキッチンへ向かう。


壁を頼りに歩いていると、

「大丈夫か?」

振り向くと

「芹沢、さ、ん」

視界がぼんやりと霞む…

(まずい!!)

麗叶は後ずさりしながら、よろけた。

「きゃっ」

「っと!」

硬い腕の感触。芯が見下ろしている。芯が触れているところ全て、火照りはじめた。

「やだ、ご、ご、めん、、なさいっ」

慌てて体勢を立て直そうとしたのに、焦って足がふらつく。

(どうしよう!)

なんとかしなきゃ、とブンブン頭を振った。

「わぁあああ!!振るな! 振るな!」

芯の声が、遠のいて、聞こえ……


…消えた。



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