14-望まれる距離
「本田さんの快気祝い、そしてよく頑張ってる皆さんに。かんぱーい!」
麗叶の掛け声に合わせ、5つの手が一斉に缶ビールを掲げる。
「かぁ~!!うんめ~」
「苦いけど、今日はとっても美味しく感じるよぉぉ~」
「いいの? ルール破って。合宿中はアルコール禁止なんじゃなかったっけ?」
と、片目を細め、美味しそうにビールを飲みながら、ルゥが訊いた。
「ダメです」
「アハハハ!!ダメなんじゃん」
予想外の潔い回答に、ルゥは思わず声を出して笑った。
「ささやかですが、私の気持ちです。本田さんに何も異常なくて本当に良かった…。そして、皆さんは、こんな過酷な環境の中、とても頑張って下さってる。だから今日だけは特別ってことで、いかがですか?」
満面の笑顔の麗叶を前に、芯がしれっと一言。
「ていうか、おめーら、禁酒守る気あったの?」
「あるわけねぇーー!!」
「内緒ぉ~」
「もちろん…(無いぃ~)」
「え?! ダメダメダメダメ!」
ぎゃははは!
「やだ! ホントに、今日だけで!」
「ハイハイ♪」
「勿論だよ」
雰囲気が明るい。楽しい。
アキラは缶ビールを口に運びながら、缶越しに麗叶を眺めた。
(こいつ、なんか分かんねーけど、ちょっとイイじゃん…)
彼らは、麗叶が自分たちを『商品』ではなく『人』として見ていることを、敏感に感じ取っていた。
「腹減ってない? 俺だけ?」と、ルゥが芯に聞いた。
「私、何か食べ物、持ってきますよ」
「イイの? ありがと」
「麗ちゃん、僕の分もぉぉ~♪」
「麗ちゃっ!?!」
芯がビールをこぼしそうになる。
「ぁは♪ 伊達さん、麗ちゃん、ですか?」
「麗ちゃんって呼んじゃダメ? 嫌だった?」
「むしろ嬉しいです!」
「良かった~♪」
「麗叶さん、キッチンだよね。俺も一緒に行く?」
「ありがとうございます。でも来栖さんもここで待ってて下さい」
麗叶は立ち上がり、キッチンに向かう。
「麗叶ぁー!!」
貫いた声で振り返った麗叶を、ほろ酔いの芯が見つめている。
(今、麗叶って呼んだ? 空耳?)
ドキドキドキドキドキ…
「ル、ゥ! こいつの名前。ルゥ。来栖じゃねーから」
「……はい…」
「いや、むしろ来栖だよ」と、ルゥも笑い「でも、ルゥでいい」
「ズルイ! 僕もノリって呼んで欲しい!」
「俺もアキラでイイっすよー」
「あれ?シスコ~ン…」
「ちげーわ!」
ギャハハハハと盛り上がる室内で、芯だけが涼しい顔で缶チューハイを口にしていた。
芯の甘い声が、耳に残っている。
(呼び捨てされただけなのに。どうしよう、顔が熱い…)
「麗さん、今から敬語もいらねぇから」
「はい。アキラさん、えっと、では、少しだけお待ちください」
「って、さっそく敬語かい!」
みんなの笑い声を背に、麗叶は上の空のままキッチンへと急いだ。
ジャーーーー
ジャーーー
「やだ! 私なんで水出してんの?」
水道を止めて、ふぅぅ~~と息をつく。動揺が体中に広がっている。
(だめだめ。考えないようにしよう!…私、もう酔っちゃったかな?)
おつまみになりそうな食べ物を探すが、思考が止まって手間取ってしまう。
ようやく皿を手にして戻ると、彼らはいつの間にかリビングに移り、ますます大騒ぎしていた。どこから出てきたのか、焼酎やジン、ウォッカのボトルまで並んでいる。上半身裸のアキラとノリが歌う。クールなイメージだったルゥがケラケラと笑い、はしゃいでいる。
仕事にレッスン、慣れない共同生活。都内から離れた合宿所との往復も重なり、彼らの疲れと緊張はピークに達していたのかもしれない。
「あんなにお酒、隠してたんだね。まったくもう…」と眉を下げつつ
(少しは、リフレッシュになったかな?)
麗叶の口元に、自然と笑みがこぼれた。
(あれ?芹沢さんはどこ?)
麗叶は無意識に芯を探していた。
白いソファに片膝を立てて座っていた芯が、スッと顔を上げる。
視線が………逢、う…
「!!」
麗叶の心臓が破裂しそうになる。
缶ビールを手にした芯の、アルコールで強烈に色気を増した、、、視線。
目をそらせない、、、身体が動かない。。。
白い時間が流れる…
「麗ちゃん、お帰り~♪ ハイ、ビール」
「飲みかけが…あれ? 無い」
「ん?……芯! それ、麗ちゃんのビールじゃない?」
「ばか、違ぇーよ!」
「芯と間接キスになっちゃったね~キャハハハ♪」
「かっ…!!?」
(間接キスって。いや、な、なに私、動揺してんのよ、小学生じゃあるまいし)
顔に集まった血を振り払おうと、麗叶は思い切りブンブンと頭を振る。
そのままの勢いでグビグビッとビールを流し込むと、空腹の胃にビールの炭酸が広がっていった。振った頭に、アルコールがのぼる。
心配そうな芯の視線に落ち着かなくなった麗叶は、無意識にグイグイっと飲み干した。
「ひゅ~!麗さん、いくねぇ~!」
と、アキラがパチパチと手を叩き、人差し指を掲げた。
「その勢いで、呼び捨て大会やろうぜ~」
「な、何ですか?それ」
「ほら~。やっぱ敬語! 俺らジェントルだからよ、練習させてあげ~んの。麗さん、俺の名前呼んで、ハイっ!」
「アキラ…さん」
「ブゥー! アキラだよ、ア、キ、ラ。つーことで、罰ビール!」
「罰ビール?!」
麗叶は促されるまま、ビールを口にした。
「再トラーイ」
「アキラ…さ」
「ブゥー!」
「やだ、待ってくださいっ!」
「ほら~! 敬語もダメだって」
「…そうでした」
麗叶は意を決し、ビールをゴクゴク飲んだ。
「麗叶さん、こいつのアホなルールなんて守んなくてイイって」と、ルゥが心配そうに声をかける。
「いえ。ここはお酒の力を借りないと、いつまでも言えない気がしてまして」
そう、真面目な麗叶が答えると、ルゥがニヤニヤ笑った。
「麗叶さんには、最難関が待ってるし…ね」
「最難関ですか?」
「ほら、麗さん、再開すんよ!」
「アキラ……。…………で、いいですか?」
「あ~!惜しい~。敬語ぉ!」
「アキラ、アキラ! これでいい?」
「しゃーねぇな。ギリギリセーフ。んじゃ。こいつは?」
「ノリ」
「よく出来ました~♪ わぁ~麗ちゃん、嬉しいよぉ」
「こいつ」
「ルゥ」
「いいじゃん、順調順調」
「アレは?」
「し…」
(麗叶ぁー!)
耳によみがえる衝撃に、顔がカッと熱くなる。
「カッチカッチカッチ…ブゥー!!」と、アキラが体の前でバッテンを作る。
麗叶は両手を握り締め、目を瞑ると、チューハイ缶を手にし、一気に口に流し込んだ。
「ゴクゴクゴクっ!ハァ~~~」
そして顔を上げて…
「……し、し…」
「……」
「ダメ、言えない!! はぁーー!ゴクゴクゴク!!…う!!」
「麗叶さん、待って!それ、ウォッカ!」と、ルゥが止める前に、顎をあげて飲みきってしまった。
「バカ、お前ら、何させてんだよ! 麗叶、もうイイ!」
「麗さん、わりぃ! 俺、ふざけすぎた!」
「大丈夫、れす!!」
「麗ちゃん、です が レス になってるよぉ~」
ノリが笑っている。
「し、し…芯!!芯!芯!!芯、芯、芯!!しーーん!はぁ~言え、た~ぁあああ~」
麗叶は両手を挙げた。
「ありがとう、アキラ! 言えたぁ~~!やった~!」
「あははは! なんじゃそりゃ」
「きゃははは♪ 麗ちゃん面白~い!」
「みんな、ありがとう~~」
そう言うと、麗叶はおもむろに、アキラの頭を優しく撫で始めた。
「何もなくて、無事で…、本当に本当に良かったね~」
「えへへ。なんだよ、それ」
照れくさそうに目元をこするアキラの顔が、麗叶にはだんだん歪んで見えてきた。
もともとお酒に強くないうえに、連日の徹夜で疲れ果てている。
「わたし…ちょっとお水…飲んでく、る、ねぇ~」
アキラとノリの歌声を背中で聞きながら、麗叶はヨロヨロとキッチンへ向かう。
壁を頼りに歩いていると、
「大丈夫か?」
振り向くと
「芹沢、さ、ん」
視界がぼんやりと霞む…
(まずい!!)
麗叶は後ずさりしながら、よろけた。
「きゃっ」
「っと!」
硬い腕の感触。芯が見下ろしている。芯が触れているところ全て、火照りはじめた。
「やだ、ご、ご、めん、、なさいっ」
慌てて体勢を立て直そうとしたのに、焦って足がふらつく。
(どうしよう!)
なんとかしなきゃ、とブンブン頭を振った。
「わぁあああ!!振るな! 振るな!」
芯の声が、遠のいて、聞こえ……
…消えた。
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