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瞳孔を冷やして。  作者: 橘樹 杏果


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12/59

12-圧倒的影響力

同じような思考が、現場スタッフ全員の頭を巡っていた。


憤りと諦めとイライラが渦巻く現場を

芯の声がスパンと切り裂き、あっという間に支配する。


「火を付けたのは、お前か?って聞いてんだよ!」


身じろぎもできないスタッフたちが、恐る恐る視線だけをアキラに移した。


「俺じゃ、ねぇ」

身体は前を向いたまま、顔だけを芯に向け、アキラは小声ながらもキッパリと否定した。

「芯。俺は火なんて、つけて、ねぇよ!」


その時、このトゲトゲしい空気の意味をアキラはようやく理解した。

(みんな、俺がボヤ騒ぎ起こしたって思ってんだ)


説明したい、どうしてあそこにいたか。

でも言い訳してるみたいで、格好悪い。

見間違いかもしんねぇのに、中野のせいにすんのは、卑怯だ。

でもきっと、それじゃあ誰も、、、


誰も信じない…俺を 信じてくれない。



「分かった」

「え?」


それだけ言うと芯は立ち上がり、踵(きびす)をかえして歩き出した。


「待って!芯。マジで俺じゃ、ゲホっゲホゲホゲホ」

焦ると、さっき吸った大量の煙が肺から戻ってくる

長い咳を無理矢理飲み込み、ゼェゼェと息を整えたアキラが、遠のく芯の背中にすがる。

「待ってくれって!!」

大きな目から涙が何粒もこぼれていく。


「お前には信じて欲しいんだ!芯!!」


芯は歩みを止めたが

背中を向けたまま、こちらを向いてくれない。


『あいつ…メンバーには信じて欲しかったろうな…』

突然、ルゥの言葉がよみがえり、アキラの心に突き刺さった。

(ホントだ、ルゥ。信じてなかった俺は、マジで最低だ…)


「じゃ、なんであんなトコにいたの?」

ノリがアキラに尋ねた。

「え?あ、アイツが倉庫に入ってくんが見えてゲホっ」

「誰?」


「ゲホ…いや、俺の見、ゴホ、間違、…ゴホっかも、でもゴホゴホゴホ!!!」


咳と一緒に涙が飛び散る。


「ゲホ!でも嘘じゃ、ゴホっ。ねぇんだ。

マジで俺が、火、つけたんじゃないっ! ゴホゴホっ!芯っ!」



「うるせぇ!!」


倉庫内に、芯の声が轟く。


「分かったっつったろ?!

てめぇはバカだから失敗ばっかだけど、嘘だけは付かねぇ!

そんなん、みんな知ってる!

つべこべ言ってねぇで、さっさと病院行け!」


その場の空気が一変した。


『アキラじゃないのかも…』


『たしかに嘘だけはつかないアキラが』

『アキラじゃないのかも…』


『ましてやこの状況で』

『アキラじゃないのかも…』


『嘘をつくはずがない。』

『ボヤの原因は』


『アキラじゃないんだ!』



「さすがだね…芯。」

ルゥがニヤリと口の端で微笑む。

「これまた、全員に聞こえるように宣言してくれちゃって」

(犯人がアキラだったら、どうする気だよ)

「質問する前から、信じてるんじゃん」

ルゥは嬉しくてたまらない。


「アキラったら何言ってんの?当たり前じゃない。

誰も疑ってなんかないからさ!早く病院行きなって!」

計算なしに、ノリがその空気を固める。


「そ、そうですよ。そんなこと分かってますから」

「こっちの事は心配しないで、早く病院行ってください!」

「帰り、待ってますからね。アキラさん」

「さ、早く早く」


麗叶は身動きできずにいた。

「す、すごい…」


なに?この影響力。

計算だけではこんな風に空気なんて変えられない。

圧倒的な何かが、

芯にはある。


転びそうになった自分を支えた時の、芯の温もりと硬い腕の感触がふっと蘇る。

麗叶の鼓動が、一気に速くなる


と同時に、アキラの力がガクンと抜け、一気に体重が肩にかかってきたので

「あ!」

麗叶はよろけてしまった。


「あ!俺、変わります!」

さっきまで知らんぷりしていたスタッフが、駆け寄ってくる。


「本田、行くぞ!」

スタッフに抱えられるようにして、アキラが病院へ向かう。


麗叶が振り返ると

既にその場から 芯の姿も消えていた。


ーーーーー


アキラの入院とボヤ騒ぎのニュースは、真実とは形を変えて電波に載せられた。


「つまり、

事務所が購入したばかりの倉庫の古いコンセントから、突然発火。

それをたまたま発見したアキラが、消火にあたって

あっという間に鎮火。

たけど、その時に転倒したから、念のため検査入院させていた、と」

ルゥが、楽しそうに笑った。

「なかなかイイ嘘だね」


「あの倉庫って、ウチの物だったんだね~」

「バカだな、ノリ。多分、新しいマネージャーが、あっという間に手を回して買い取ったんだよ。

なかなかやるじゃん。ね?」

と、ルゥは芯に同意を求めたが、芯は何も言わずノリの隣に座った。


「芯は知ってる?アキラさ、頭は打ってなかったんでしょ?検査で異常ないってさ。良かったね~!」

「多少打っときゃ良かったんじゃね?バカが治っただろ」

「芯、それは言えてる。クックック」

「キャハハハ♪」


「芹沢さんったら、そんなこと言って…」

お盆を手にした麗叶が、苦笑しながら部屋に入って来た。

途端、芯から笑顔が消える。

チクっと、麗叶の胸に棘が刺さった。

(私、変なこと言っちゃったかな)


「アキラはいつ合流?」

ニヤニヤと芯を横目で見やりながら、ルゥが麗叶に質問する。


「今はマスコミが張ってますから、明後日の夜遅くに。

人目につかないよう、こちらへお連れする予定です。

顔を見るまではご心配でしょうけど、もう少しお待ち下さいね」


「ま、特に心配してないけどね」


「ねぇねぇ。アキラはマーミヤさんのレッスン受けるの?」

ノリが、麗叶を上目遣いで見つめてきた。

「アキラがお休みするならさ、僕も一緒に見学しちゃダメ?」

「え?」

「だってさ、アキラのこと、僕、心配だもん」

「はい??」

「んじゃ俺も心配」

ルゥが手を挙げた。

「ついでに芯も見学しよう」


「ばーか!4人全員で見学したら」

無表情だった芯が

「誰のレッスンを見るんだよ」

たまらず笑い出した。


「本田さんには今度のレッスンから受講してもらいますよ。

病院でのお墨付きも出ましたから。いいですか?

4人でレッスン、です」

と麗叶がニッコリ釘を刺す。


「な~んだ。チェっ」

「ノリ。1週間分の遅れをアキラが取り戻したがってるって、マーミヤに伝えてみたら?」


「ルゥ、それグッドアイディア♪その間は見学できるね~」


ため息をつく麗叶の横顔を、芯はチラッと見やり

目を細めた。

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