武将 蒲生氏郷 第97話 判断と指揮
山道の奥で、再び金属のぶつかる音が響いた。
先鋒隊が敵の小勢と交錯し、
列がわずかに乱れたのが見えた。
左馬允がすぐに声を上げる。
「殿、先鋒が押されています。
このままでは道が詰まります」
氏郷は馬を進め、
槍隊の先頭へ向かった。
山道は狭く、
馬を降りて歩くしかない場所もあった。
「槍隊、前へ。
鉄砲隊、火縄を保て。
まだ撃つな」
兵たちが素早く動き、
槍の穂先が前へ揃った。
その動きに合わせて、
敵の足軽が木々の影から飛び出してきた。
「押し返せ!」
氏郷の声に、
槍隊が一斉に前へ踏み込んだ。
狭い山道での押し合いは激しく、
槍の柄がしなり、
兵の足が土を滑らせた。
そのとき、
左の斜面から新たな影が滑り降りてきた。
「側面――!」
斥候の叫びが響き、
氏郷は即座に判断した。
「槍隊、左へ向け!
鉄砲隊、後ろへ下がれ!」
兵たちが一斉に向きを変え、
槍の穂先が斜面へ向けられた。
敵は斜面を駆け下り、
槍の間合いに入るまで一瞬だった。
金属がぶつかる音が響き、
槍の穂先が敵の鎧を弾いた。
数名が倒れ、
残りはすぐに斜面へ逃げ戻った。
左馬允が短く言う。
「殿、敵は本格的に仕掛けてはきません。
こちらの隊列が乱れるのを狙っています」
氏郷は山道の奥を見つめた。
先鋒隊はまだ押され気味で、
列が細かく揺れていた。
「……ここで止める」
氏郷は槍隊の先頭へ進み、
手で合図を送った。
「前へ三歩。
槍を揃えろ。
押し返すぞ」
兵たちが息を合わせ、
槍の穂先が一列に揃った。
その瞬間、
氏郷は声を張った。
「押せ――!」
槍隊が一斉に踏み込み、
敵の足軽を押し返した。
狭い山道では、
一歩の差がそのまま戦況を変える。
敵が後退し、
先鋒隊との間にわずかな空間が生まれた。
左馬允がすぐに動く。
「殿、再集結地点をここに。
退くときはこの岩場まで下がらせます」
左馬允は岩場を指し、
兵に印をつけさせた。
乱戦の中でも迷わぬよう、
目印を置くのだ。
氏郷はうなずき、
兵たちに声をかけた。
「列を整えろ。
槍は前へ。
鉄砲は火縄を絶やすな。
まだ撃つ場ではない」
兵たちが静かに応じ、
列が再び整った。
山道を抜ける風が、
槍の穂先をわずかに揺らした。
その揺れは、
戦がまだ始まったばかりであることを
確かに告げていた。




