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武将 蒲生氏郷 第93話 賤ヶ岳周辺の地形把握

賤ヶ岳へ向かう街道に入ると、

霧は薄れ、山の輪郭がはっきりと見え始めた。

余呉湖の水面が朝の光を受け、

細い帯のように白く光っていた。

左馬允が馬を進め、

氏郷の横に並んだ。

「殿。ここから先が賤ヶ岳の入口にございます」

斥候が戻り、

泥のついた足で急ぎ報告した。

「山道、倒木なし。

 谷側に獣道あり。

 柴田方の見張り、二名を確認」

左馬允は短くうなずき、

その報告を地図に書き込んだ。

「谷側の獣道は、敵が側面へ回る際に使えます。

 こちらも警戒を置くべきでしょう」

氏郷は馬を降り、

山道の幅を確かめた。

人が三人並べばいっぱいになるほどの狭さ。

両側は急な斜面で、

片側は余呉湖へ落ち込む崖になっていた。

「……広げられぬな」

氏郷の言葉に、左馬允が答える。

「はい。槍隊を横に展開できませぬ。

 前後の入れ替えが戦の要になります」

氏郷は斜面の角度を見上げた。

木々が密に生え、

敵が潜むには十分な遮蔽物があった。

風が枝を揺らし、

その影が地面に細かく揺れた。

「斥候を増やせ。

 特に山の上だ」

氏郷が命じると、

左馬允はすぐに手を挙げ、

若い足軽たちを呼び寄せた。

「山上の見張りを増やす。

 谷側は二人一組で動け。

 敵の足跡、焚き火の跡、

 何でも拾え」

足軽たちは頷き、

山道へ散っていった。

氏郷は再び地図を見た。

賤ヶ岳の山頂、

余呉湖の位置、

谷を抜ける細い道。

それらが一本の線として繋がっていく。

「……ここで戦うのか」

氏郷がつぶやくと、

左馬允が静かに言った。

「はい。

 この地形では、

 “どこで戦うか”より、

 “どこで崩れぬか”が肝要にございます」

氏郷は山の斜面に目を向けた。

木々の間から、

遠くに柴田方の旗がわずかに見えた。

その位置は高く、

こちらの動きを見下ろせる場所だった。

「敵は、あそこを押さえているのか」

「はい。

 あの尾根を取られれば、

 こちらの動きはすべて見られます」

左馬允は地図に指を置き、

尾根から谷へ伸びる細い道を示した。

「殿。

 この道が、敵の側面へ通じます。

 ただし狭く、足場も悪い。

 使うなら、少数精鋭に限られます」

氏郷はその道を見つめ、

しばし考えた。

山の影が濃く、

風が木々を揺らし、

葉の音が絶え間なく続いていた。

「……ここは、

 兵の動きより、

 地形が戦を決める場所だな」

左馬允は深くうなずいた。

「はい。

 殿がどこに立ち、

 どこで兵を動かすか。

 それが勝敗を分けます」

氏郷は馬に戻り、

手綱を握り直した。

賤ヶ岳の山並みは、

静かに、しかし確かな重さで

戦の気配を抱えていた。

「行こう。

 この地を見極める」

氏郷隊は山道へ進み、

賤ヶ岳の奥へと入っていった。


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