武将 蒲生氏郷 第94話 先鋒隊への随行
賤ヶ岳へ向かう山道に入ると、
先鋒隊の旗が木々の間に揺れて見えた。
秀吉軍の先頭を担うのは、
身軽な足軽衆と、地元の道に詳しい者たちだった。
氏郷隊はその後方に配置され、
一定の距離を保ちながら進んだ。
山道は細く、
馬が並んで進むことはできない。
兵たちは一列になり、
槍の穂先が揺れないよう慎重に歩を進めた。
左馬允が前方を見つめ、
進軍速度を調整するよう声をかけた。
「殿。先鋒が道を探りながら進んでおります。
こちらも間を詰めすぎぬように」
氏郷はうなずき、
後方の兵に手で合図を送った。
列がゆっくりと伸び、
山道に沿って静かに動き始めた。
やがて、
先鋒隊のほうから短い怒声が響いた。
「敵だ――!」
その声に、
氏郷隊の兵が一斉に槍を構えた。
山道の先で、
柴田方の偵察隊が姿を現した。
三、四名ほどの小勢で、
こちらの動きを探っていたらしい。
先鋒隊が追い立てるように前へ出ると、
敵は山の斜面へ逃げ込んだ。
左馬允がすぐに判断した。
「深追いは無用。
偵察の役目を果たしただけ。
こちらの数を見せれば十分です」
氏郷は槍隊に合図を送り、
列を乱さぬように進軍を続けた。
山道の両側には、
敵が潜むには十分な茂みが広がっていた。
風が枝を揺らし、
その影が地面に細かく揺れた。
「殿。
敵は山の上からこちらを見ています」
斥候の一人が戻り、
息を整えながら報告した。
「数は少ないが、
こちらの動きを逐一追っている様子」
左馬允は短くうなずき、
氏郷に言った。
「偵察隊が多いということは、
柴田方もこの山道を重く見ている証です。
先鋒の動きに合わせ、
こちらも乱れぬように」
氏郷は前方の旗を見つめた。
先鋒隊は、
敵の偵察を追い払いつつ、
慎重に山道を進んでいた。
その動きは速すぎず、
しかし止まることもない。
「……流れを止めるな、か」
秀吉の言葉が、
氏郷の胸に静かに残っていた。
山道が少し広がる場所に出ると、
先鋒隊が一時停止し、
周囲の警戒を強めた。
氏郷隊もその後方で足を止め、
左馬允が周囲の地形を確認した。
「殿。
ここから先は谷が深くなります。
敵が側面から出てくるなら、このあたりです」
氏郷は斜面を見上げた。
木々の間に、
わずかに人影が動いたように見えた。
しかし、すぐに消えた。
「……こちらの動きを測っているな」
「はい。
ですが、敵はまだ仕掛けてきません。
こちらの隊列が乱れるのを待っているのでしょう」
氏郷は手綱を握り直し、
兵たちに声をかけた。
「列を崩すな。
槍を前へ。
鉄砲は後ろで構えを保て」
兵たちが静かに応じ、
列が再び動き始めた。
山道を抜ける風が、
槍の穂先をわずかに揺らした。
その揺れが、
これから始まる戦の気配を
確かに告げていた。




