武将 蒲生氏郷 第113話長宗我部方の抵抗
(四国山間部・1585年)
谷筋の道を進んでいたとき、
前方の斜面で草が揺れた。
風ではない。
斜面の影がわずかに動き、
槍の穂先が一瞬だけ光った。
「前方、敵影」
斥候の声が短く響き、
氏郷が手を上げた。
隊が止まり、
槍隊が前へ出た。
槍の列が狭い山道を埋め、
穂先が一斉に前を向いた。
斜面の上から矢が一本飛び、
道の脇に突き刺さった。
続いて二本、三本。
長宗我部方の小勢が、
山道の上から奇襲を仕掛けてきた。
「押し返す。
槍、前へ」
槍隊が駆け上がり、
斜面の途中で敵とぶつかった。
砂と土が崩れ、
足元が滑る。
それでも槍の柄を押し込み、
敵を斜面から引きずり落とすように押し返した。
敵は十数名。
軽装で、
山道に慣れた動きだった。
斜面を横へ走り、
木の影に隠れ、
槍の間をすり抜けようとする。
左馬允が斜面を見上げ、
すぐに判断した。
「鉄砲、右の斜面へ。
角度を取れ」
鉄砲隊が道の右側へ移動し、
斜面を見上げる位置に膝をついた。
火縄を取り出し、
銃口を斜面へ向ける。
湿気を避けるため、
火薬袋を胸元に抱えたまま準備を進めた。
「撃て」
火縄が火皿に落ち、
乾いた音が山に響いた。
斜面の木の影にいた敵が一人倒れ、
その隣の敵が身を伏せた。
鉄砲隊は角度を変えながら、
斜面の左右へ散らして撃った。
槍隊は斜面の中腹まで押し上げ、
敵をさらに追い詰めた。
敵は後退しながら矢を放つが、
距離が近く、
狙いが定まらない。
槍の穂先が敵の足元を突き、
斜面の上へ逃げようとする動きを止めた。
左馬允は斜面の上を見上げ、
敵の退路を確認した。
斜面の奥に細い獣道があり、
そこから山の裏側へ抜けられる。
「殿。
退路は右上。
追撃は角度を変えて、
右から回り込むべきです」
氏郷がうなずき、
槍隊へ合図を送った。
「右へ回れ。
逃がすな」
槍隊の一部が斜面を横へ走り、
獣道の入口を押さえた。
敵はその動きに気づき、
一気に逃げようとしたが、
鉄砲隊が角度を変えて撃ち、
退路を塞いだ。
斜面の上で短い乱戦が起こり、
敵は数名を残して散り散りに逃げた。
槍隊が追い、
二名を捕らえた。
残りは山の奥へ消えた。
戦いが終わると、
左馬允が斜面を歩き、
敵の落とした矢束や袋を拾い上げた。
地形と敵の動きを記録帳に書き込み、
獣道の位置を地図に記した。
「小勢だが、
この先も同じような抵抗があるでしょう。
谷筋は狭い。
斥候を増やします」
氏郷はうなずき、
隊へ指示を出した。
「前後左右、
斥候を倍に。
谷を抜けるまで気を抜くな」
槍隊が列を整え、
鉄砲隊が火縄を乾かし、
荷駄隊が道の中央で待機した。
山の風が斜面を渡り、
木々が揺れた。
長宗我部方の抵抗は小規模だったが、
山道の危険を知らせるには十分だった。
氏郷隊は再び進み始めた。
谷の奥へ、
四国の山間へ向けて。




