武将 蒲生氏郷 第106話敵の退路を断つ動き
(1584年・尾張国/長久手周辺の丘陵地帯)
伏兵を退けて街道を進んでいたとき、
前方へ出していた斥候が戻ってきた。
馬の腹が大きく上下し、
鞍の袋が揺れていた。
「報告!
家康方、南へ退き始めています!
列が長い。
退路はこの丘の向こうです!」
左馬允がすぐに地図を広げ、
斥候が指した方向を地図上に置き換えた。
丘陵の角度、
街道の曲がり、
湿地の位置を確認していく。
「殿。
敵の退路はここ。
丘を越えれば横から回り込めます。
この角度なら包囲できます」
氏郷は地図を覗き込み、
追撃隊の進路を決めた。
「槍隊、前へ。
鉄砲隊、右の林沿い。
荷駄は後方に下げよ。
丘を越えて退路へ回り込む」
伝令が走り、
兵たちが列を組み直した。
槍隊が前へ進み、
鉄砲隊が火縄を布で包み、
弓隊が側面を固めた。
丘陵の斜面は急で、
土が崩れやすかった。
兵たちが足元を確かめながら登り、
槍の穂先が揺れた。
鉄砲隊は火縄を湿らせぬよう、
布をさらに巻き付けた。
左馬允が斜面の途中で立ち止まり、
地形を確認した。
「殿。
この尾根を越えれば、
敵の退路が見えます。
包囲の角度はこのままでよい」
氏郷はうなずき、
兵たちへ合図した。
「登り切る。
退路を押さえる」
丘の上に出ると、
南へ伸びる細い街道が見えた。
その上を、
家康方の兵が列を作って退いていた。
槍の穂先が揺れ、
荷駄の馬が重い足取りで進んでいた。
氏郷は短く命じた。
「回り込む。
敵の列の前へ出る」
槍隊が丘の影を使って南へ回り込み、
鉄砲隊がその後を続いた。
弓隊は側面を固め、
荷駄隊は丘の上で待機した。
丘陵の影を抜けると、
街道の前方へ出られる位置に出た。
敵の列が近づいてくるのが見えた。
左馬允が馬を寄せ、
包囲の角度を調整した。
「殿。
槍隊はここで横へ広がります。
鉄砲隊は右の林へ。
弓隊は左の斜面から射せます」
氏郷は槍隊へ合図した。
「構えよ。
敵の先頭を止める」
槍隊が横へ広がり、
槍の穂先が一斉に前を向いた。
鉄砲隊が林の影へ入り、
火縄を構えた。
弓隊が斜面に散り、
矢を番えた。
敵の先頭が街道の曲がりを越えた瞬間、
氏郷が声を上げた。
「押し出せ!」
槍隊が前へ進み、
敵の先頭を押し止めた。
鉄砲隊が火縄を落とし、
乾いた破裂音が続いた。
弓隊が矢を放ち、
敵の列が乱れた。
家康方の兵が後退し、
街道の中央に倒れた。
後続が混乱し、
列が崩れた。
氏郷は槍隊へ合図した。
「包囲を締める。
逃がすな」
槍隊が左右から回り込み、
敵の一部を囲んだ。
鉄砲隊が射撃を続け、
弓隊が側面を固めた。
やがて敵兵が武具を捨て、
街道に膝をついた。
左馬允が馬を進め、
武具の回収を指示した。
「槍、十数本。
旗指物、三。
馬、五頭。
捕虜、八名」
荷駄隊が前へ出て、
武具を荷車へ積み込んだ。
捕虜は縄で縛られ、
後方へ送られた。
氏郷は街道を確認し、
隊へ告げた。
「退路、確保。
列を整えよ。
次へ進む」
丘陵の影が長く伸び、
長久手の戦場が近づいていた。




