武将 蒲生氏郷 第104話長久手方面への転進
(1584年・尾張国/小牧山 → 長久手方面)
丘陵の上で家康方の列を確認して間もなく、
秀吉本陣から伝令が駆けてきた。
馬の蹄が乾いた土を蹴り、
陣の前で急停止した。
「蒲生殿!
秀吉様より転進の御命令!
長久手方面へ急行せよとのこと!」
伝令が巻物を差し出し、
左馬允が受け取って内容を確認した。
氏郷はすぐに隊へ向き直った。
「陣を畳む。
街道へ出る。
急ぐぞ」
兵たちが一斉に動き出した。
槍が抜かれ、
陣幕が畳まれ、
荷車の縄が締め直される。
鉄砲隊は火縄を布で包み、
弓隊は矢束を背に掛けた。
左馬允が地図を広げ、
丘陵の影で迂回路を指し示した。
「殿。
この道を使えば、
街道へ最短で出られます。
合流地点はここ。
他の先鋒隊も同じ道を使うはずです」
氏郷は地図を覗き込み、
丘陵の角度と湿地の位置を確認した。
街道へ出るまでの距離を測り、
隊列の順番を決めた。
「槍隊、前へ。
鉄砲隊、右側を固めよ。
荷駄は中央。
弓隊は後方からつけ」
伝令が走り、
兵たちが列を組み直した。
丘陵の斜面を下りると、
細い道が一本、
林の中へ伸びていた。
木々の影が濃く、
道幅は馬二頭が並ぶのがやっとだった。
左馬允が先頭に立ち、
道の状態を確かめながら進んだ。
「殿。
この先で道が二つに分かれます。
右が街道へ出る近道。
左は湿地に入ります」
氏郷は右の道を選び、
手を挙げて合図した。
兵たちが静かに続き、
林の中を進んでいく。
やがて木々が途切れ、
街道が見えた。
その上には、
すでに別の秀吉方の隊が列を作っていた。
森長可の旗が風に揺れていた。
左馬允が馬を寄せ、
合流地点を確認した。
「殿。
ここで隊列を再編します。
森隊の後ろにつき、
長久手方面へ向かいます」
氏郷は馬を進め、
森隊の指揮官へ挨拶を交わした。
その間に兵たちが列を整え、
槍の穂先が揃って前を向いた。
街道は南へ伸び、
その先に丘陵が連なっていた。
長久手へ向かう道は、
林と畑の間を縫うように続いていた。
氏郷は隊の先頭に戻り、
短く命じた。
「進む。
遅れるな。
長久手へ向かう」
槍隊が歩を進め、
鉄砲隊が続き、
荷駄隊が街道の中央を進んだ。
弓隊が後方を固めた。
街道の両側には、
春の畑が広がっていた。
麦の若い葉が風に揺れ、
農家の屋根が遠くに見えた。
しかし、
その静けさとは裏腹に、
前方の丘陵の向こうでは
家康方の列が確実に動いていた。
左馬允が再び地図を広げ、
進路を確認した。
「殿。
この先の三叉路を越えれば、
長久手の丘陵地帯に入ります。
敵の先頭と接触する可能性があります」
氏郷はうなずき、
槍隊へ合図を送った。
「備えよ。
前方、注意」
兵たちが槍を握り直し、
鉄砲隊が火縄を整えた。
秀吉の転進命令を受けた氏郷隊は、
長久手の丘陵へ向けて、
静かに、しかし確実に進んでいった。




