武将 蒲生氏郷 第103話家康方の動きを察知
(1584年・尾張国/小牧山周辺)
丘陵の影に陣を張って間もなく、
斥候が三人、ほぼ同時に戻ってきた。
馬の蹄が土を蹴り、
乾いた音が陣の前で止まった。
一人が氏郷の前に進み出て、
短く報告した。
「家康方、砦の南口で兵を動かしています。
列が長い。
街道へ出る準備と思われます」
続いて別の斥候が、
腰の袋から小石を取り出し、
地面に並べて敵の位置を示した。
「こちらにも動きあり。
砦の西側で馬が集まっています。
数は二百ほど」
左馬允がすぐに地図を広げた。
紙の端を押さえ、
斥候の示した位置を地図上に置き換えていく。
「殿。
砦の南口から街道へ出る形。
この道を使えば、
犬山にも、長久手にも向かえます」
氏郷は地図を覗き込み、
丘陵の角度、
湿地の広がり、
街道の曲がりを確認した。
兵が動ける幅を一つずつ見ていく。
氏郷が手を挙げ、
隊列へ合図を送った。
「向きを変える。
槍隊、右へ。
鉄砲隊、前へ。
弓隊は側面を固めよ。
荷駄は中央を保て」
伝令が走り、
各隊へ指示を伝えた。
槍隊が列を組み直し、
鉄砲隊が火皿を確認し、
弓隊が矢束を肩に掛けた。
荷駄隊は荷車の縄を締め、
馬の脚を確かめた。
左馬允が馬を寄せ、
地図を指し示した。
「殿。
敵が街道へ出るなら、
この丘の影を押さえるのが最適です。
ここを越えれば、
敵の進路を横から見られます」
氏郷は馬の腹を軽く蹴り、
隊列の先頭へ進んだ。
兵たちが静かに続き、
丘陵の影へ向かった。
斥候が再び戻ってきた。
息を整えながら報告する。
「敵、街道へ出ました。
列が長い。
先頭は南へ向かっています。
旗指物は松平のものが多い」
左馬允が地図に指を置いた。
「殿。
長久手方面へ向かう可能性が高い。
ここで進路を押さえれば、
敵の動きを見切れます」
氏郷は丘陵の斜面を見上げた。
木々の間から、
街道の一部がかすかに見えた。
「登る。
敵の列を確認する」
兵たちが斜面を登り始めた。
土が崩れ、
草が足元で揺れた。
鉄砲隊が慎重に火縄を守りながら進み、
槍隊がその後に続いた。
丘の上に出ると、
街道が一本、
南へ向かって伸びていた。
その上を、
家康方の兵が列を作って進んでいた。
槍の穂先が揺れ、
馬の背に積まれた荷が光った。
氏郷は左馬允に短く告げた。
「追う準備をする。
隊を整えよ」
左馬允がうなずき、
伝令が走った。
兵たちは再び武具を整え、
列を締め直した。
槍の柄を握り直し、
火縄を湿らせぬよう布で覆い、
弓の弦を張り直した。
丘陵の上を風が通り、
陣幕が揺れた。
家康方の列は、
南へ向かってゆっくりと進んでいた。
氏郷隊は丘の影に身を置き、
次の命令を待った。
長久手への転進が、
いよいよ現実味を帯びていた。




