武将 蒲生氏郷 第102話 小牧山周辺への進軍
(1584年・尾張国/小牧山周辺)
秀吉軍が大坂を発って数日、
尾張へ向かう街道には、
荷駄隊と諸将の列が途切れず続いていた。
氏郷隊は先鋒の一角として、
街道の前方を進んだ。
春の風が吹き、
道端の草が揺れていた。
宿場に入ると、
兵たちが兵糧を受け取った。
米俵が荷車から降ろされ、
味噌樽が並べられ、
水桶が井戸のそばに置かれた。
左馬允が兵糧の量を確認し、
隊ごとに分配していく。
「殿。
兵糧、三日分は確保できます」
氏郷はうなずき、
馬を進めた。
宿場を出ると、
小牧山が遠くに見え始めた。
独立した丘陵で、
周囲の田畑より一段高く盛り上がっている。
その麓には、
家康方が築いた砦の影が見えた。
左馬允が馬上で地図を広げた。
紙の端が風に揺れ、
彼は指で押さえながら説明した。
「殿。
小牧山の北側に湿地がございます。
ここは迂回が必要です。
街道は西側を回り込む形になります」
氏郷は地図を覗き込み、
丘陵の角度と街道の曲がりを確認した。
前方の斥候が戻り、
周辺の様子を報告する。
「敵影なし。
砦の動きも静かです」
氏郷は隊列の向きを調整した。
槍隊が前へ、
鉄砲隊がその後ろへ、
弓隊が側面に散った。
荷駄隊は街道の中央に置き、
左右に護衛をつけた。
小牧山の麓に近づくと、
地面がわずかに湿り始めた。
足元に小さな水たまりが点在し、
馬の蹄が柔らかい土を踏んだ。
左馬允が湿地の広がりを確認し、
迂回路を指示した。
「殿。
この先、右へ。
丘陵の影を回り込む道が使えます」
氏郷は手を挙げ、
隊列に合図を送った。
兵たちが静かに方向を変え、
丘陵の影へと進んでいく。
丘陵の斜面には、
低い松がまばらに生えていた。
その間を縫うように道が続き、
小牧山の砦が遠くに見え隠れした。
やがて、
布陣に適した平地が現れた。
街道から少し外れた場所で、
丘陵の陰になっている。
敵から見えにくく、
兵を休めるには十分な広さがあった。
氏郷は馬を止め、
左馬允に指示した。
「ここに陣を張る。
槍隊は前。
鉄砲隊は右の林沿い。
荷駄は中央に置け」
左馬允が兵たちへ伝令を飛ばし、
陣幕が張られ、
槍が地面に突き立てられた。
鉄砲隊が火薬と弾を並べ、
弓隊が矢束を整えた。
荷駄隊は荷車を円形に並べ、
馬をつなぎ、
水桶を中央に置いた。
小牧山の砦からは、
煙が細く上がっていた。
敵の動きは見えないが、
砦の中では何かが準備されている気配だけがあった。
氏郷は丘陵の上を見上げ、
左馬允に声をかけた。
「斥候を出せ。
砦の周囲を一巡させる」
左馬允がうなずき、
斥候が林の中へ消えていった。
陣が整うと、
兵たちは静かに腰を下ろし、
槍をそばに置いた。
風が丘陵を越え、
陣幕を揺らした。
小牧山の影の下で、
氏郷隊は次の命令を待った。
家康方の動きが、
いつ始まってもおかしくない状況だった。




