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第十三話 継承 中編


「先輩って、まだ見習いなんですよね?」


「ぐっ……ふぅ」


死んだ。


即死だった。


後輩ができたら可愛がろうと思っていた。


三十秒前までは。


圧倒的な事実の重さに轢殺された。


「うん……まぁ……そうなんだけど」


アリアは乾いた笑みを浮かべた。


レティアは首を傾げる。


「何か失礼なことを言いましたか?」


「いや、うん、大丈夫」


大丈夫ではない。


だが説明するのも悲しかった。



レティアは抱えていたノートを差し出した。


「こちら、事前にまとめてきました」


アリアは受け取る。


思ったより重かった。


いや、かなり重かった。


表紙を開く。


思わず固まる。


文字。


文字。


文字。


文字。


びっしりだった。


施設概要。


支援制度。


記録様式。


緊急時対応。


各班の役割。


王都の支援制度。


医療ギルドとの連携。


利用者対応の基本。


ページの端には細かな補足まで書き込まれている。


アリアは静かに閉じた。


そしてレティアを見る。


「これ全部?」


「全部です」


「いつ寝たの?」


「三日前です」


「寝て?」


即答だった。



だが正直、驚いていた。


ここまで準備してくる新人は珍しい。


少なくともアリアはしていない。


間違いなく。


絶対に。


していない。


見習いになった初日など、目の前のことに必死だった。


訪問班も。


施設班も。


地域支援班も。


何が何だか分からないまま走り回っていた気がする。


それに比べれば、レティアはずっと優秀だった。


「どうしてケアラーになろうと思ったの?」


アリアは何気なく尋ねた。


レティアは少しだけ表情を引き締める。


そして迷いなく答えた。


「人を助けたいからです」


真っ直ぐな声だった。


迷いがない。


曇りもない。


その瞳は本気だった。


アリアは少しだけ眩しく感じた。


立派だと思う。


同時に。


何故だろう。


少しだけ引っ掛かった。


昔。


似た言葉を聞いた気がした。


いや。


違う。


聞いたのではない。


自分自身が思っていたのだ。


誰かを助けたい。


困っている人を助けたい。


それは間違いではない。


間違いではないのだが――。


その違和感の正体までは、まだ分からなかった。



数日後。


レティアは優秀だった。


記録は正確。


報告も早い。


相談も欠かさない。


勉強熱心。


礼儀正しい。


利用者からの質問にもよく答えられる。


何より真面目だった。


教えたことを必ず復習してくる。


分からないことを曖昧にしない。


新人としては申し分ない。


「すごいなぁ……」


思わず漏れる。


レティアは首を振った。


「そんなことありません」


「いや、あるよ」


「先輩の方がすごいです」


「どの辺が?」


「現場経験があります」


即答だった。


アリアは少し笑う。


真面目だなと思った。


本当に真面目だ。


だからこそ。


その日の出来事は意外だった。



訪問先。


一人暮らしの高齢男性宅。


玄関先での挨拶を終えた後、レティアは事前説明を行った。


本日の予定。


体調確認。


生活支援。


記録確認。


必要事項は全て伝えた。


完璧だった。


少なくともアリアにはそう見えた。


だが。


男性は首を横に振った。


「帰ってくれ」


レティアが固まる。


「……え?」


「今日は忙しい」


男性は繰り返した。


レティアは慌ててノートを開く。


確認する。


間違いはない。


予定も合っている。


契約内容も問題ない。


「ですが、本日は訪問予定日です」


「忙しい」


「体調確認だけでも」


「忙しい」


「すぐ終わりますので」


「忙しい」


会話が進まない。


レティアの顔から少しずつ余裕が消えていく。


「何かご不満があるのでしょうか」


「違う」


「体調が優れないとか」


「違う」


「でしたら――」


「忙しいんだ」


男性は少しだけ困ったように言った。


その声に。


レティアは言葉を失う。


アリアは黙って様子を見ていた。


かつての自分を見ているようだった。


正しいことを言っている。


間違ったことは何も言っていない。


それなのに。


相手との距離は少しずつ離れていく。


答えが見つからない。


何が間違っているのかも分からない。


そんな感覚。


やがて。


男性は再び口を開く。


「悪いな」


「今日は帰ってくれ」


結局。


その日の支援は中止になった。



帰り道。


レティアはずっと俯いていた。


しばらく沈黙が続く。


やがて。


小さな声が落ちた。


「私、間違ってましたか」


アリアはすぐには答えなかった。


レティアは続ける。


「説明しました」


「確認もしました」


「失礼なことも言っていません」


「契約内容も伝えました」


唇を噛む。


悔しそうだった。


理解できないことが悔しいのだ。


「それなのに」


少しだけ声が震える。


「どうしてなんですか」


アリアは空を見上げた。


青空だった。


雲がゆっくり流れている。


一年前の自分も。


きっと同じことを言っていた。


正しいことをしたのに。


どうして。


そんな問いばかり繰り返していた。


ふと。


困ったように笑うリナの顔が浮かぶ。


『分からないよ』


あの日の言葉。


『だから聞くんだよ』


静かな声。


答えを教えてくれなかった人。


けれど。


答えを探す方法だけは教えてくれた人。


アリアは足を止める。


「レティア」


「はい」


「もう一回行こうか」


レティアが顔を上げる。


「答えを探しにじゃなくて」


アリアは少しだけ笑った。


「理由を聞きに」


レティアは黙る。


理解はできていない。


でも。


その言葉だけは。


なぜか少しだけ心に残った。


アリアには、それが分かった。


昔の自分もそうだったから。


【中編 終】

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