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第十一話 烙印 中編

翌日。


アリアとミオは再び王都南区へ向かっていた。


石畳を踏む音が静かに響く。


朝の王都は賑やかだったが、二人の足取りは昨日と変わらない。


「本当に行くんですね」


「行くよぉ」


「昨日、追い返されましたよね」


「追い返されたねぇ」


「じゃあ今日も」


「そうかもねぇ」


会話になっているようで、なっていない。


アリアはため息をついた。


昨日からずっと気になっている。


地域支援班の仕事だ。


困っている人を助ける。


問題を解決する。


そういうものだと思っていた。


だが、昨日のミオは違った。


何も解決していない。


何も進んでいない。


それなのに焦っている様子もない。


まるで。


最初からそうなると分かっていたみたいだった。



家は昨日と変わらなかった。


木箱。


金属片。


雑草。


閉ざされた扉。


近付くだけで、空気が少し重くなる気がした。


ミオはいつものように声を掛ける。


「こんにちはぁ」


しばらく沈黙。


やがて。


「また来たのか」


低い声が返ってきた。


アリアは思わず顔を上げる。


昨日より言葉が増えていた。


ほんの少しだけ。


本当に少しだけ。


ミオは気付いているのかいないのか。


相変わらずの調子だった。


「来たよぉ」


「来るな」


「そう言われてもねぇ」


「帰れ」


「考えとくよぉ」


扉は開かない。


顔も見えない。


それでも昨日より会話は増えていた。


だが。


結局その日も、それで終わった。



三日目。


結果はほとんど同じだった。


「帰れ」


「来るな」


「困ってない」


扉は開かない。


顔も見えない。


名前すら知らない。


アリアの中で、少しずつ苛立ちが積み上がっていた。


帰り道。


とうとう口に出る。


「何なんですか、あの人」


ミオは隣を歩いていた。


「何なんだろうねぇ」


「いや、そうじゃなくて」


アリアは足を止める。


「困ってないなら、どうしてあんな家になってるんですか」


「さぁ」


「さぁじゃなくて」


「本人に聞いてみればいいのにねぇ」


アリアは言葉に詰まった。


聞こうとしている。


聞こうとしているのに。


何も聞けないのだ。


帰れ。


来るな。


困ってない。


その先へ進めない。



「近くで少し聞こうかぁ」


ミオはそう言った。


近隣への聞き取りだった。


地域支援班の仕事は本人だけを見ることではない。


地域を見ること。


関係を見ること。


アリアは少しずつ、それを理解し始めていた。


近隣住民達は似たようなことを言った。


「話が通じない」


「昔から頑固でね」


「何度言っても片付けない」


「変わり者ですよ」


「関わるなって言われてるし」


変人。


頑固者。


問題老人。


聞けば聞くほど、そんな言葉ばかりが出てくる。


アリアの中でも、その人物像が出来上がり始めていた。


だが。


一人の年配女性が違うことを言った。


「でもねぇ」


彼女は少し困ったように笑う。


「昔はあんな人じゃなかったんだよ」


アリアが顔を上げる。


「違ったんですか?」


「違ったよ」


女性は懐かしそうに目を細めた。


「バルドさんはね」


その名前を聞いた瞬間。


アリアは少しだけ姿勢を正した。


初めて名前を聞いた。


今まで。


ゴミ屋敷の老人。


支援拒否のドワーフ。


地域の変人。


そんな認識だった。


だが。


名前が付く。


バルド。


それだけで、不思議なほど印象が変わった。


「鍛冶屋だったんだよ」


女性は続ける。


「鍛冶屋?」


「そう。しかも腕のいい職人だった」


別の住民も話に加わった。


「農具も剣も直せた」


「細工物も有名だったな」


「彫金もやってたよ」


「祭りの飾り金具なんかも作ってた」


アリアは思わず目を瞬かせた。


聞いていた人物像と。


今見ている家が結びつかない。


あの扉の向こうにいる人物が。


王都で知られた職人だった。


「いつから、ああなったんですか?」


アリアは尋ねた。


住民達は顔を見合わせる。


そして。


誰も答えられなかった。


「さぁなぁ」


「気付いたらだ」


「いつの間にかだよ」


その言葉だけだった。


気付いたら。


いつの間にか。


アリアは黙り込む。


認知症でも。


障害でも。


病気でも。


よく聞く言葉だった。


急に変わったわけじゃない。


少しずつ。


少しずつ。


誰にも気付かれないまま。


変わっていく。


そして気付いた時には。


誰も、その理由を説明できなくなっている。



聞き取りを終えた帰り道。


ミオが言った。


「少し寄ろうかぁ」


「どこにですか?」


「バルドさんの工房」


アリアは目を丸くした。


「まだ残ってるんですか?」


「あるみたいだねぇ」


聞き取りで教えられた場所へ向かう。


王都南区のさらに奥。


人通りの少ない路地。


その先に建物はあった。


小さな工房だった。


看板は色褪せている。


だが。


まだ文字は読めた。


『バルド工房』


アリアはしばらくその看板を見上げる。


想像していたより小さい。


けれど。


長い年月を感じる建物だった。


扉は閉ざされている。


窓には埃が積もっている。


中を覗くと。


使われなくなった作業台。


錆びた工具。


壁に掛かったままの金具。


そして。


工房の中央には炉があった。


冷え切った炉。


火はない。


熱もない。


それなのに。


アリアは目を離せなかった。


ここには確かに人がいたのだ。


鉄を打つ音があった。


客の声があった。


職人達の笑い声があった。


今は何も聞こえない。


けれど。


そこに立つだけで分かる。


誰かが長い時間を過ごした場所だった。


誰かの誇りだった場所だった。


「すごい人だったんですね」


アリアはぽつりと言った。


ミオは隣で頷く。


「そうだねぇ」


それだけだった。



帰り道。


アリアは何度も工房のことを思い出していた。


変人。


問題老人。


ゴミ屋敷の住人。


そう聞いていた。


でも。


冷え切った炉を見た今。


どうしても、その言葉だけでは片付けられなくなっていた。


王都で名の知られた職人。


鍛冶師。


彫金師。


そして。


今は誰とも会わないドワーフ。


どちらが本当なのだろう。


いや。


きっと、どちらも本当なのだ。


アリアは空を見上げる。


夕暮れの空が赤く染まっていた。


本当に。


それだけなのだろうか。


その日初めて。


アリアはバルドという一人のドワーフに興味を持った。


【中編 終】

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