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第十話 周年祭 中編

周年祭は、予想以上に盛り上がっていた。


「次は各班対抗、巨人族移乗チャレンジです!」


司会の声が会場に響く。


利用者達から大きな拍手が起こった。


会場中央には、身長三メートルを超える巨人族の男性が座っている。


もちろん本物だ。


椅子に座っているだけなのに圧迫感がある。


近くで見ると、ますます大きかった。


「でかい……」


アリアは思わず呟いた。


隣にいた古竜が鼻を鳴らす。


「小さいな」


「どこがですか」


「儂の半分もない」


「比べる相手がおかしいんです」


競技が始まった。


まずは施設班。


力自慢の職員達が前に出る。


声を掛け合い、息を合わせる。


だが。


動かない。


押しても。


引いても。


びくともしない。


巨人族の男性は申し訳なさそうに笑っている。


利用者達は大笑いだった。


「腰だ腰!」


「足元見ろー!」


「もっと声出せー!」


むしろ利用者達の方が真剣だった。


ハロルドに至っては立ち上がって応援している。


「元気だな、ハロルド」


客席を見回っていたギルド長が声を掛けた。


「当たり前だ!」


そう言った直後によろけた。


周囲が慌てる。


本人だけが笑っていた。


会場も笑った。


次は訪問班。


リナが前に出る。


表情はいつも通り冷静だった。


だが。


職員達の動きは違った。


立ち位置。


声掛け。


重心の移動。


手を添える位置。


一つ一つが丁寧だった。


力任せではない。


利用者を支えるために積み重ねてきた技術だった。


巨人族の身体が、ほんの少しずつ動く。


「おお……」


会場から感嘆の声が漏れた。


アリアも思わず見入る。


力ではない。


技術だった。


訪問班は、あと一歩のところまで巨人族の男性を移動させた。


惜しくも成功には届かなかったが、会場から大きな拍手が起こる。


リナは表情を変えなかった。


けれど。


ほんの少しだけ。


本当に少しだけ。


顎が上がっていた。


アリアは見逃さなかった。


あ。


今、ちょっと嬉しかった。


最後は地域支援班。


ミオが前へ出た。


いつものように、ゆらゆらと掴みどころのない足取りだった。


「頑張ってください!」


アリアが声を掛ける。


ミオは振り返る。


「うん」


返事は軽い。


そして。


ミオは巨人族の男性の隣に座った。


座った。


「……え?」


アリアは瞬きをした。


競技である。


移乗チャレンジである。


座談会ではない。


ミオは巨人族の男性と何かを話している。


声は聞こえない。


楽しそうでもない。


真剣そうでもない。


ただ、いつもの調子で話している。


「残り三十秒です!」


司会が叫ぶ。


アリアは慌てた。


「ミオさん!?」


ミオは振り返らない。


「残り十秒!」


訪問班の職員達がざわつく。


リナも黙って見ている。


その時だった。


巨人族の男性が立ち上がった。


自分で。


ゆっくりと。


そして、指定された場所へ移動する。


会場が一瞬静かになった。


次の瞬間。


大歓声が起こった。


「成功です!」


司会が叫ぶ。


アリアは口を開けたまま固まる。


「なんで!?」


巨人族の男性は穏やかに言った。


「頼まれた」


それだけだった。


ミオは小さく頭を下げる。


「ありがとう」


「構わん」


地域支援班の勝利だった。


訪問班の職員達が一斉にざわつく。


「それはありなんですか!?」


「ルール違反では?」


「いや、本人が動いたなら移乗では……?」


会場は笑いに包まれた。


司会がマイクを向ける。


「勝者から一言お願いします!」


ミオは少し考えた。


そして。


「残存機能は有効に使ってもらおうねぇ、君たち」


一瞬の静寂。


訪問班から不満の声が飛ぶ。


施設班からも飛ぶ。


利用者達は大笑いだった。


ミオは満足そうでもなく。


得意そうでもなく。


ただ、いつも通りだった。


「勝った」


ミオが近づいてくる。


「そうね」


リナは短く答えた。


「褒めて」


「嫌」


即答だった。


ミオは少しだけ首を傾げる。


アリアはリナを見る。


「悔しいんですか?」


「別に」


リナは即答した。


少し間を置いて。


「納得はしてない」


やっぱり悔しいんだ。


アリアはそう思ったが、口には出さなかった。



その後も競技は続いた。


薬草当て競争。


車椅子リレー。


出店巡り。


会場はずっと賑やかだった。


笑い声が途切れることはない。


利用者も。


職員も。


皆が祭りを楽しんでいた。


実行委員長であるアリアは当然休めない。


走る。


走る。


また走る。


気付けば汗だくだった。


「アリア」


後ろから声がした。


振り返る。


ギルド長だった。


「何ですか」


「休憩したか」


「してません」


「そうか」


終わりだった。


アリアは待った。


続きがあると思った。


なかった。


「それだけですか!?」


「それだけだ」


ギルド長は去っていく。


本当に忙しいらしい。


それでも今日はよく見かける。


客席。


出店。


舞台裏。


利用者席。


気付けばどこにでもいた。


そして。


利用者一人ひとりに声を掛けていた。


「楽しんでいるか、レオン」


「今年も来たな、ミア」


「そっちは混んでいるぞ、ベル」


自然だった。


当たり前のようだった。


利用者名簿を確認する様子もない。


考えてみれば当然なのかもしれない。


ギルド長なのだから。


それでも。


会場を歩くたびに誰かの名前を呼び、誰かの様子を気に掛ける姿は、アリアの目には少し不思議に映った。


「すごいですね」


思わず言った。


ギルド長は首を傾げる。


「何がだ」


本気で分からない顔だった。


アリアは少しだけ笑う。


やっぱり変な人だ。



午後。


合同ステージの時間がやって来た。


舞台袖には利用者達と職員達が並んでいた。


いつも賑やかな人も。


普段は落ち着いている人も。


どこか緊張している。


アリアも同じだった。


実行委員長の仕事は終わっていない。


それでも。


今だけは出演者だった。


「今からでも逃げます?」


誰かが小さく言った。


「逃げませんよ」


別の誰かが答える。


「残念」


小さな笑いが起きる。


少しだけ空気が緩む。


その中に、エレノアもいた。


いつも通り。


穏やかに笑っている。


「緊張してませんか?」


アリアが聞く。


「何が?」


忘れていた。


アリアは苦笑する。


「いえ。何でもありません」


やがて幕が上がった。


拍手が響く。


歌が始まる。


利用者も。


職員も。


一緒に歌う。


ゆっくりとした曲だった。


派手な振り付けもない。


眩しい演出もない。


ただ、声が重なっていく。


悪くない。


だが。


まだ少し硬かった。


その時だった。


エレノアの声が重なる。


アリアは思わず顔を上げた。


エレノアは歌っていた。


自然に。


当たり前のように。


まるで、ずっと昔からそこに立っていたかのように。


声量が特別大きいわけではない。


派手な歌い方でもない。


それでも。


その声が重なった瞬間だった。


少しだけ硬かった歌が、柔らかくほどけていく。


隣の利用者の声が伸びる。


職員の表情が和らぐ。


誰かが笑い。


誰かが息を合わせる。


まるで一つの声が、周囲の声を繋いでいくようだった。


アリアは知っている。


エレノアは五分ほどしか記憶を保てない。


今日のことも。


この舞台のことも。


明日には覚えていないかもしれない。


それでも。


今、この瞬間だけは違った。


エレノアは確かにここにいた。


誰よりも自然に。


誰よりも楽しそうに。


一曲。


また一曲。


気付けば会場も静かになっていた。


聞き入っているのだ。


サビ。


歌声が重なる。


利用者も。


職員も。


皆が同じ曲の中にいた。


アリアは歌いながら、エレノアを見た。


エレノアは楽しそうだった。


本当に。


ただ、楽しそうだった。


歌が終わる。


静寂。


そして。


大歓声。


利用者達が拍手する。


職員達も拍手する。


古竜など立ち上がって拍手していた。


誰よりも大きな拍手だった。


エレノアは少し照れたように笑う。


「上手だったかしら?」


「最高でした」


アリアは即答した。


エレノアは嬉しそうに笑った。


「それは良かったわぁ」


周りも笑う。


エレノアも笑う。


舞台の上は。


とても温かかった。


【中編 完】

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