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第八話 居場所 後編

古竜との面会を終えた帰り道。


アリアは何度も振り返った。


閉じられた面会室の扉。


その向こう側。


古竜は今も一人でいる。


そんな気がした。


胸の奥に小さな棘が刺さったまま抜けない。



施設へ戻った翌日。


アリアはリナへ報告した。


古竜の様子。


傷痕。


施設の空気。


利用者達の表情。


職員達の様子。


全てを話した。


リナは最後まで黙って聞いていた。


そして。


「なら観察しよう」


それだけだった。


声はいつも通りだった。


落ち着いている。


冷静だった。


けれど。


アリアには分かった。


怒っている。


静かに。


確実に。


怒っていた。



それから。


アリアは何度も施設へ足を運んだ。


休みの日。


業務の合間。


時間を見付けては通った。


面会を重ねる。


利用者を見る。


職員を見る。


施設を見る。


そして。


違和感は少しずつ確信へ変わっていった。


利用者が笑わない。


職員が笑わない。


会話が少ない。


誰もが周囲を気にしている。


何かを恐れている。


そんな空気が施設全体に漂っていた。



古竜も同じだった。


面会へ行く度に。


周囲を気にする。


扉を見る。


廊下を見る。


職員を見る。


アリアが傷の話をすると。


話題を変える。


沈黙する。


目を逸らす。


そして。


決まって同じ言葉を返す。


「分からぬ」


その言葉を聞く度に。


アリアは苦しくなった。



ある日。


面会を終えたアリアは廊下を歩いていた。


窓から差し込む夕陽が床を赤く染めている。


その時だった。


一人の青年職員とすれ違う。


若い。


おそらく二十代前半。


制服は整っている。


けれど。


顔色が悪い。


目の下には濃い隈。


頬も少し痩せていた。


青年はアリアを見る。


一瞬だけ。


何かを言いたそうな顔をした。


だが。


すぐに視線を逸らす。


足早に立ち去っていく。


アリアは振り返る。


気になる。


だが。


追い掛ける理由もない。


その日はそれで終わった。



次の面会。


また青年職員を見掛けた。


利用者の車椅子を押している。


笑顔だった。


けれど。


目が笑っていない。


利用者が見ていない瞬間だけ。


表情が消える。


アリアはそれを見た。


青年職員もアリアに気付く。


少しだけ会釈をする。


それだけだった。



さらに数日後。


三度目だった。


施設の裏口近く。


職員用の通路。


青年職員が一人で立っていた。


壁にもたれている。


俯いている。


疲れ切った顔だった。


今にも倒れそうだった。


アリアは足を止める。


声を掛けようとして。


やめる。


関係ないかもしれない。


余計なお世話かもしれない。


そんな考えが頭を過る。


その時。


エレノアの顔が浮かんだ。


優しく手を握ってくれたあの日。


そして。


もっと古い記憶が浮かぶ。


山の中。


赤い鱗。


黄金の瞳。


居場所を失った古竜。


あの日。


自分は何と言っただろう。


長い沈黙。


青年職員が顔を上げる。


目が合う。


アリアは小さく息を吸った。


そして。


一歩だけ近付く。


「どうしたの?」


青年職員が固まる。


驚いたような顔だった。


何秒か。


沈黙が続く。


やがて。


青年は無理に笑った。


「何でもありません」


「そうですか」


アリアは頷く。


それ以上は踏み込まない。


ただ。


その場を去ろうとした。


背中を向ける。


一歩。


二歩。


歩く。


その時だった。


「待ってください」


後ろから声がした。


アリアが振り返る。


青年職員は俯いていた。


拳を握り締めている。


肩が震えている。


何かを堪えているようだった。


「大丈夫です」


青年は言う。


「本当に」


自分に言い聞かせるみたいに。


「大丈夫ですから」


アリアは何も言わない。


ただ待つ。


青年は続ける。


「問題ありません」


声が震えていた。


「だから……」


そこで言葉が止まる。


沈黙。


長い沈黙。


やがて。


青年職員の目から涙が零れ落ちた。


一滴。


また一滴。


唇が震える。


呼吸が乱れる。


そして。


消え入りそうな声で言った。


「助けてください」



第八話 居場所


後編・完

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