第八話 居場所 後編
古竜との面会を終えた帰り道。
アリアは何度も振り返った。
閉じられた面会室の扉。
その向こう側。
古竜は今も一人でいる。
そんな気がした。
胸の奥に小さな棘が刺さったまま抜けない。
◇
施設へ戻った翌日。
アリアはリナへ報告した。
古竜の様子。
傷痕。
施設の空気。
利用者達の表情。
職員達の様子。
全てを話した。
リナは最後まで黙って聞いていた。
そして。
「なら観察しよう」
それだけだった。
声はいつも通りだった。
落ち着いている。
冷静だった。
けれど。
アリアには分かった。
怒っている。
静かに。
確実に。
怒っていた。
◇
それから。
アリアは何度も施設へ足を運んだ。
休みの日。
業務の合間。
時間を見付けては通った。
面会を重ねる。
利用者を見る。
職員を見る。
施設を見る。
そして。
違和感は少しずつ確信へ変わっていった。
利用者が笑わない。
職員が笑わない。
会話が少ない。
誰もが周囲を気にしている。
何かを恐れている。
そんな空気が施設全体に漂っていた。
◇
古竜も同じだった。
面会へ行く度に。
周囲を気にする。
扉を見る。
廊下を見る。
職員を見る。
アリアが傷の話をすると。
話題を変える。
沈黙する。
目を逸らす。
そして。
決まって同じ言葉を返す。
「分からぬ」
その言葉を聞く度に。
アリアは苦しくなった。
◇
ある日。
面会を終えたアリアは廊下を歩いていた。
窓から差し込む夕陽が床を赤く染めている。
その時だった。
一人の青年職員とすれ違う。
若い。
おそらく二十代前半。
制服は整っている。
けれど。
顔色が悪い。
目の下には濃い隈。
頬も少し痩せていた。
青年はアリアを見る。
一瞬だけ。
何かを言いたそうな顔をした。
だが。
すぐに視線を逸らす。
足早に立ち去っていく。
アリアは振り返る。
気になる。
だが。
追い掛ける理由もない。
その日はそれで終わった。
◇
次の面会。
また青年職員を見掛けた。
利用者の車椅子を押している。
笑顔だった。
けれど。
目が笑っていない。
利用者が見ていない瞬間だけ。
表情が消える。
アリアはそれを見た。
青年職員もアリアに気付く。
少しだけ会釈をする。
それだけだった。
◇
さらに数日後。
三度目だった。
施設の裏口近く。
職員用の通路。
青年職員が一人で立っていた。
壁にもたれている。
俯いている。
疲れ切った顔だった。
今にも倒れそうだった。
アリアは足を止める。
声を掛けようとして。
やめる。
関係ないかもしれない。
余計なお世話かもしれない。
そんな考えが頭を過る。
その時。
エレノアの顔が浮かんだ。
優しく手を握ってくれたあの日。
そして。
もっと古い記憶が浮かぶ。
山の中。
赤い鱗。
黄金の瞳。
居場所を失った古竜。
あの日。
自分は何と言っただろう。
長い沈黙。
青年職員が顔を上げる。
目が合う。
アリアは小さく息を吸った。
そして。
一歩だけ近付く。
「どうしたの?」
青年職員が固まる。
驚いたような顔だった。
何秒か。
沈黙が続く。
やがて。
青年は無理に笑った。
「何でもありません」
「そうですか」
アリアは頷く。
それ以上は踏み込まない。
ただ。
その場を去ろうとした。
背中を向ける。
一歩。
二歩。
歩く。
その時だった。
「待ってください」
後ろから声がした。
アリアが振り返る。
青年職員は俯いていた。
拳を握り締めている。
肩が震えている。
何かを堪えているようだった。
「大丈夫です」
青年は言う。
「本当に」
自分に言い聞かせるみたいに。
「大丈夫ですから」
アリアは何も言わない。
ただ待つ。
青年は続ける。
「問題ありません」
声が震えていた。
「だから……」
そこで言葉が止まる。
沈黙。
長い沈黙。
やがて。
青年職員の目から涙が零れ落ちた。
一滴。
また一滴。
唇が震える。
呼吸が乱れる。
そして。
消え入りそうな声で言った。
「助けてください」
第八話 居場所
後編・完




