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第八話 居場所 前編

エドガー・グランツの事故から数週間が過ぎていた。


王都には初夏の風が吹いている。


王都ケアギルド附属ケア施設の中庭では、色とりどりの花が揺れていた。


アリアはその花壇の前で足を止める。


ほんの一瞬だけ。


胸が痛んだ。


エドガーの姿を思い出す。


車椅子。


病室。


娘の涙。


忘れたわけではない。


忘れられるはずもない。


けれど。


以前ほど立ち止まらなくなっていた。


傷は消えていない。


それでも時間は進んでいる。


利用者達の生活も。


自分の生活も。


止まってはくれない。


「準備できた?」


声がした。


振り返る。


リナだった。


「はい」


アリアは頷く。


今日は外出だった。


業務ではない。


面会だった。


久しぶりの再会。


アリアの表情は少しだけ柔らかい。


それに気付いたのか。


リナが小さく言った。


「楽しみなんだね」


アリアは少しだけ視線を逸らす。


「少しだけです」


本当に少しだけだった。


それでも。


心が弾んでいるのは事実だった。


あの日。


山で出会った古竜。


居場所を忘れてしまった古竜。


アリアが初めて向き合った利用者。


その後がずっと気になっていた。



古竜騒動の後。


アリアは施設探しに奔走した。


竜を受け入れられる施設。


大型利用者対応。


飛行種対応。


高齢竜対応。


そんな条件を満たす施設はほとんど存在しなかった。


問い合わせる。


断られる。


また問い合わせる。


断られる。


その繰り返しだった。


「前例がありません」


「責任が持てません」


「危険すぎます」


何度も聞いた言葉だった。


古竜は危険ではなかった。


少なくともアリアはそう思っていた。


ただ。


年老いていた。


疲れていた。


帰る場所を探していただけだった。


それなのに。


受け入れ先はなかなか見つからなかった。


だから。


ようやく入所先が決まった時。


アリアは本当に安心した。


これで大丈夫だと思った。


これで古竜にも居場所ができると思った。



施設の前でリナが立ち止まる。


王都近郊の民間ケア施設。


三階建て。


広い敷地。


綺麗な外壁。


設備も整っている。


外から見る限り問題はない。


「私は別件があるから」


リナが言う。


「終わったら連絡して」


「分かりました」


「一人で大丈夫?」


アリアは頷いた。


「大丈夫です」


リナもそれ以上は言わない。


軽く手を上げる。


そのまま別方向へ歩いていった。


アリアは施設を見上げる。


そして。


大きく息を吸った。


久しぶりの再会だった。



受付を済ませる。


案内を受ける。


廊下を歩く。


施設は綺麗だった。


床も磨かれている。


窓も綺麗だ。


職員の対応も丁寧だった。


なのに。


どこか違和感があった。


利用者同士の会話が少ない。


笑い声が聞こえない。


職員も必要以上に口を開かない。


静かだった。


妙に。


静かだった。


アリアは首を傾げる。


気のせいかもしれない。


そう思った。


そう思うことにした。



施設長、と名乗る紫のスーツを着た男が面会室まで案内してくれた。


扉が開く。


その瞬間。


アリアは思わず笑顔になった。


部屋の中央。


巨大な身体。


燃えるような赤い鱗。


年月を刻んだ大きな角。


そして。


金色の瞳。


古竜だった。


「古竜さん!」


思わず声が弾む。


古竜も顔を上げる。


そして。


ゆっくりと目を細めた。


「娘か」


懐かしい声だった。


アリアは思わず笑う。


「娘じゃありません」


「そうだったか」


古竜も少しだけ笑う。


以前と同じやり取りだった。


アリアは心の底から安心した。


「御面会の方が来られるなんて、嬉しいことですね」


ニコニコとそう言う施設長。


古竜の瞳が揺れる。


アリアは気づかない。


「古竜さん、あれからどうですか?」


心の中でも喜びアリア。


良かった、元気そうだった。


少なくとも。


最初はそう見えた。



「それでは、ごゆっくり」


と退室していく施設長。


アリアは楽しく会話を続ける。


だが。


話しているうちに。


少しずつ違和感が生まれる。


古竜の視線が落ち着かない。


何度も扉を見る。


廊下を見る。


窓を見る。


誰かを警戒しているようだった。


アリアは眉をひそめる。


「どうかしたんですか?」


古竜は答えない。


しばらく沈黙する。


そして。


小さく言った。


「分からぬ」


アリアは違和感を覚える。


返答ではない。


その表情だった。


怯えている。


そう見えた。


そして。


ふと。


前脚へ視線が止まる。


赤い鱗の隙間。


薄く残る傷痕。


何かで打たれたような痕だった。


アリアの表情が固まる。


「その傷……」


古竜は視線を逸らす。


長い沈黙。


そして。


「分からぬ」


もう一度そう言った。


今度は。


アリアにも分かった。


それは。


本当に分からないのではない。


言えないのだ。


部屋の空気が少しだけ冷えた気がした。



第八話 居場所

前編 完

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