歓迎!
2013年
7月14日
10:29
USA アイオワ州
「ディアナさん! カールおじさんが来たよ!」
「…ああ?」
無理やりに眠たい体を引き起こし、カーテンを引っ張って日陰を作った。
ここ最近の日課だ。
急がずに布団を除けて立ち上がり、目覚めの大きな伸びをする。
「ディアナさん! 起きて!」
「はいはい…」
マリーはキッチンの方にいるらしく、声がくぐもって寝室まで伝わった。
昔は自分の物で、今はマリーの物になっているベッドは綺麗に片付けられていて、あたしなんかより行儀の良さを感じさせる。
目やにを落としついでに目を掻き、ゆっくりドアを押す
リビングに出てマリーに会釈し、カールが待っているであろうインターホンに出た。
「おいディアナ、今日は休みじゃないぞ!」
「…マジで?」
そういえばそうだったような…
「なんでそれを早く言わないの!」
「何度も電話したんだが!?」
テレビの前に陣取ったマリーを急き立てて着替えに行かせ、自分も自分のクローゼットに走る。
確かにiPhoneの画面には着信が来ていると、何回も通知が付いていた。
「クソッタレ… 朝飯抜きか…」
制服に着替えながら悪態をつき、重力に崩れかける瞼を擦りまくる。
昔から寝に入るのは速いし、二度寝はしょっちゅうだが、給料をもらってる仕事となればのんびりとはいけない。
季節感をガン無視した長袖を腕に通し、数個の大ぶりなポーチを肩に引っ提げた。
「荷物まとめなよ! いつまで帰らないかわかんないんだがら!」
「いつも通りだね」
皮肉ともとれるマリーの感想に溜息を吐く。
仕方ないじゃん… あたしはこういう稼業しかできないし…
M1911A1をホルスターに入れ、数あるポーチの一つに突っ込み、M14の長くデカいケースを担いだ。
「おっと、忘れちゃいけない…」
弾が詰まった重い弾薬ケースを二つポーチに入れる。
一つはいつものM14用の7.62mNATO弾が三百発くらい、もう一つには一昨日買ったガバメント用の強装弾が、これまた三百発入っている。
ぶっちゃけM1911の方が使う場面が多いが、射程がM14ならずとも短い為買ってみた。
「ディアナさん、もう出れるよ」
「ん? じゃ行きますか」
夏っぽい半袖姿のマリーを背に従え、なりだけ立派なドアを押し外に出る。
いつもと同じ、広い道路の路肩にSUVが止まっていて、カールは既に運転席にいた。
「ディアナ! さっさと乗れ!」
「クソッタレ!」
挨拶は悪態で済ませ、マリーの手を引いて後部座席に飛び乗る。
SUVはアクセル全開で発進し、法定速度をギリギリ無視してジャックの家に向かう。
「ジャックに話付けとけよ!」
「わかってるよ!」
iPhoneの画面を壊しそうな力で叩き、繋がるまで待てとのメッセージが緊張感も無しに現れる。
「どうしたディア…」
「今からマリー連れてくから! いない間面倒見てよね!」
「ああ? 仕事か」
「じゃよろしく!」
意味は無いが会話を短く切り上げてiPhoneをポケットに荒々しく突っ込んだ。
「いつまでに集まれって?」
「九時までだ。 いま八時半か…」
カールが若干諦め気味に呟く。
「ヘイ、ジョナサンに殺されたくないなら急いで!」
「誰のせいで諦めムードだと?」
「うるさいキリキリ動け!」
車の中だったら動くもクソッタレも無いが。
暇そうなパトロールの警察官が、車道の外の歩道をふらついているが、カールは気にせずフルスロットルで走り続ける。
信号が少なくなる郊外まで最後の交差点に捕まり、SUVが急減速してキラキラした赤いジャガーの後ろに止まった。
「クソッタレが… こんなところで止まってるわけにはいかないね」
「ちょ、やめろディアナ!」
ガバメントを抜いて車道に出ようとしたが、カールとマリーにすんでのところで抑え付けられる。
「おうディアナ! 今度はどこに行くんだ?」
「さあね。 多分ここより危険な所」
SUVのドアを閉め、マリーの荷物が入った大きめのバックを泥だらけの親父に渡す。
「絶対に怪我するなよ… こないだみたいなのは絶対に…」
「それは泥を浴びずに農作業しろみたいなものよ?」
ジャックのジャージの肘に付いた、もう固まりつつある泥を見つめて言った。
車の向こう側からマリーが来て、頭を下げて挨拶する。
「今回も世話頼むよ」
「ああ、問題無いぞ。 俺はお前に怪我がなければ…」
「はいはい」
今にも抱きついてきそうな体勢なので後ろにじりじり退き、SUVのドアに手を掛けた。
「ディアナさん!」
「何?」
ドアを引いて開けたとき、マリーの声に振り返る
「行ってらっしゃい!」
「うん」
見送る笑顔から顔を背け、助手席に乗り込んだ。
「行くぞ。 もう十分しかねぇ」
「おっそろしい」
エンジンを掛けっぱなしだったSUVが動き、街に速度制限を無視して全速力で走る。
どうせ気付く奴なんていないし、まして気付いてから急いでポリ公を呼ぶような、クソ真面目な野郎もいないだろう。
何事も無く市街地に入ったあたりで、突然iPhoneの着信音が鳴った。
「おい、まさか…」
「チクショウ… ジョナサンだ…」
悪魔の風韻を伴って思い出される無表情を頭に浮かべ、出たとこ勝負と考えた。
「はいはいこちらディアナ」
「お前が着信に応じたのは初めてか」
ジョナサンの声に、微妙な驚きという感情が含まれていたことに、向こう以上に驚きを感じる。
「そうかもね。 要件は?」
「ああすまん。 お前とカールはいつ来るんだ」
「さぁ、いつまでに着くかな? どう思うカール?」
「神と信号と路面状況と歩行者と渋滞によるな。 言わせてもらうと俺に話を振るな」
「だそうです。 私は着かないに十セント賭けるよ」
「いつも通りラリーは遅れているが、お前達にまで遅刻癖が付いてもらっては困る」
「元軍人として?」
「お前達は前科が二回あるが今回は十分まで遅れを許そう。 さっさと来い」
「ヤー!」
ドイツ語の叫びを最後に通話が切れ、安堵の息を漏らした。
「首の皮は繋がった?」
「そうっぽい。 まあでも急ぎで行くよ」
運んでもらってるから行くよもクソもないが。
トランクからM14のケースと様々なサイズのポーチを担ぎ出し、カールが相変わらず小さなガンケースを持ち上げるのを見た。
「あんた今度は何を持って来たの?」
「今日はG53だな。 やっぱり持ち運びだ」
「H&Kの皆さんはあんたに感謝状を贈ると思うよ」
マグプルとH&Kによる兵士ってところかな?
「他にも色々あるだろうが…」
「そこなの?」
駐車場を早足で歩き、もう同僚が集まっているロビーに足を踏み入れた。
「重役出勤だな?」
「さーせんサム大先輩」
「ならばよろしい」
先ずはサムの冗談めかしい冷やかしを退け、白い長ソファにガンケースを投げる。
「どうした白人、ファストフードの食い過ぎで死んだと思ったぞ」
小柄で筋肉質の中国人、要するにリュウが後ろに立ち、第二の洗礼を浴びせてきた。
「リュウ、あたしファストフードより家庭的な飯のが好きなのよね。 ついでに中国料理なんて以ての外」
「ああ、お前達にはアジア人の繊細な味覚がわからないだろうな」
リュウは勝ち誇りながらロッカーに消え、イラついたのでM14を取り出す。
清掃は抜かりなく済ませてあり、マグを装填すればもう撃てる。
ラリーとあたし達のせいでブリーフィングはまだで、同僚達は自分のバディと喋ったりしている。
もちろんジョナサンとゴリラはいなかった。
「カール、ラリーいつ来るかね?」
「知るわけねぇだろ。 あいつの気分次第だな」
カールは応接室にあるような背の低い机に荷物を置き、G53の様子を見ている。
「エルナさんに挨拶してくるわ」
「行ってらー」
邪魔者の背を押したり冷やかしを返しながら、部屋中央の奥にあるカウンターに行くと眠そうなエルナさんがいた。
「エルナさんおはようございます!」
「ディアナちゃんおはよう… 眠いわ…」
「どうしたんです? 何かあったんすか?」
「なんてことないんだけど、昨日寝るのが遅かったかしら…」
エルナさんはカウンターに頬杖をついて今にも落ちそうに目を瞬かせる。
「そりゃ良くないですよ。 私はいつも一時くらいですけど」
「私はそれより早かったはずなんだけど…」
「まあこれでも軍人上がりですからね」
軍人がこんな遅寝な訳ないけど…
大欠伸をして涙目の栗色の髪をした先輩に、励ましの言葉をやって鍵を要求した。
「はい… 頑張ってねー…」
「話聞くだけですけどね」
三十秒毎に欠伸をするエルナさんから離れ、M14を取りに再び人の波に分け入る。
「お前ら! 真面目気取りやがって少しは遅刻しろ!」
入り口から、特徴的過ぎる登場文句と共に、軍人そのままの姿のヤツが来た。
「ラリー! 俺達はお前の為に待ってやっていたんだぞ!」
お決まりのようにレイモンドがスクランブルし、自然に観衆は二人の為だけのファイティングステージを作る。
早速動き始めたサムを横目にカールとM14の元に急行した。
「待っていた? ご苦労なこった! 俺は愛人の家からのんびり出勤する社長のように、ゆっくりと散歩気分で来させてもらったぜ!」
「もう十五分だ! お前の勝手な都合に合わせてな!」
「そうか! 女友達との楽しいセックスについての相棒との語り合いはどうだった!?」
レイモンドが、先手を切ってこめかみの青筋の分の握り拳で殴りかかり、ラリーはそれを腕で明後日の方向にいなす。
すぐに頭をロケットのように飛ばして、レイモンドの顔面を強かに打った。
いつも通りラリーが優勢のようで安心を覚え、廊下の方を見やる。
予想通りジョナサンが現れ、こっちに黙ってろとサインを出して観戦者の後列に紛れた。
「カール、行くよ」
「ん? ああ」
普通に喧嘩に見入っていたカールを引き戻し、のほほんとしているエルナさんのカウンターに向かわせて、自分はさっさとロッカーに逃げた。
「ラリー殺すなよ。 これからブリーフィングだ」
「新人を紹介しよう、本社からの出向だ」
ジョナサンが簡潔極まりない説明をして、入れ、と言った。
ブリーフィングルームの面々は、各々の期待を込めて開いたドアに目線を集める。
徐々に開いたドアから華奢な腕が見え、やがてアジア人の女性が部屋に入った。
男性陣は、というか自分とジョナサン以外が少なからず唸り、おおっ、と声を漏らしたカールの脇腹に殴りを入れる。
女性は長い黒髪を後ろに流し、はっきりした二重瞼で鼻筋が綺麗に通っていて、クイズ番組の助手役でもできそうだ。
「えぇと、本社からここに配属されました、っと、八波玲、じゃないレイ・ヤナミと言います」
上がり気味で自己紹介、深々と頭を下げた。
「お前なんかよりずっと可愛らしい女の子が入ってきたな…」
「カール、それがあんたの最期の言葉でいいの?」
それは嫌味か? このクソッタレ…
「嫌味とかそんなんじゃなくて感想をだな…」
「あんたの家族にはテロリストに殺されたと伝えておくよ」
「ちょやめ」
音もなく首を締めて落とし、気絶している相棒に居眠りしているようなポーズを取らせる。
ジョナサンが新人になんかしらの説明をしている間に、部屋を目玉で見回した。
サムは新人に関して悪巧みでもあるらしく、興味なさそうなロビンに語り聞かせている。
巨人に頭を掴まれて引き摺り回されたばかりの、レイモンドとラリーの二人組は、まだ正常な思考が出来ないようだ。
フョードルはただただ無言で指令を待っている。
あいつはロボットか?
「新人はクリスと組ませる。 面倒はいつも通りディアナに任せた」
相談を終えたジョナサンが言い、自分の目の前でクリスの隣に八波は座った。
「積もる話は後だ。 また行くぞ、エルサレムへ」




