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こちらなろう区カクヨム公園前スパダリ製作所  作者: 武者かるび
第一章 ~ スパダリってなぁに? ~
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第九話 なんだかうれしそう

 アルベルトを物語の世界に送り出した後、私たちはスパダリ課へ戻った。

 ワイワイとした雰囲気はすっかり落ち着いていた。部屋へ入るとみんなはそれぞれの席に戻り、途中だった仕事を再開し始める。

 でも、まだ私はみんなのように落ち着くことはできなかった。目を閉じるとさっきまでの光景が浮かんでくる。

 黒いコアに流し込まれていく人格や記憶。ゆっくりと混ざっていく感情。そして、それがひとりの人間として宿る瞬間。最後に開いたあの扉。あの向こうにアルベルトは今もいる。

 そう考えると、なんだか胸の奥が熱くなる。初めて見たスパダリの製造過程は、想像していたよりずっと不思議でずっとすごかった。

 そして何より――アルベルトが、あの物語の中でこのあとどうなるのか。それが、どうしても気になってしまう。

 私はとうとう我慢できず、所長に声をかけた。

 

「所長、アルベルトはあの後どうなるんでしょうか?」

 

「うちの課が最後だったからな、もう見れると思うぞ。」

 

 所長はそう言ってタブレット端末を取り出し、画面を操作しアプリを起動させる。ずらりと並んだ物語のタイトルの中から、見覚えのあるタイトルを探していく。

 そして――『興奮すると鼻血が止まらない私が第三王子に溺愛されすぎて失血死しそうなんですけど』

 そのタイトルをタップした。

 

「ほら」

 

 そう言って、所長は私にタブレットを渡した。渡された端末に目を落とすと、画面にはもう映像が流れていた。軽快なオープニング曲とともに、見慣れたOTOGIのロゴが表示される。

 

 OTOGIは物語に登場するキャラクターを製作して物語の世界へ送り出す会社だ。

 小説、漫画、アニメ、ゲーム。いろんな物語の形があって、そこに必要なキャラクターを私たちが作る。今回は――アニメらしい。

 ……渡されたってことは見てもいいってことだよね。

 そう自分に言い聞かせて、私は画面に目を戻した。

 そして――気づけば私はすっかり夢中になってしまっていた。

 

 物語の中で、アルベルトは一生懸命に生きていた。

 時には国すら敵に回し、時には血まみれになりながらローゼリアのために奮闘している。

 ……まあ、血まみれといっても、ほとんど鼻血だったけど。

 それでも彼は諦めなかった。

 

 「たとえ世界を敵に回したとしても、僕は君を守る。」

 

 そう言いながら最後には、貧血で倒れたローゼリアを救うため竜にまで戦いを挑んでいた。

 そして竜を倒したアルベルトは、そのレバーを使ってドラゴンレバニラ炒めを作り――。

 そこで、映像が終わった。

 

 「ふぅ……」


 エンディング曲が終わり、私はようやく息を吐いた。

 ……面白かった。すっかり見入ってしまった。

 ふと顔を上げてあたりを見回すと、いつの間にか他の社員は帰ってしまったらしい。窓の外はもうすっかり暗くなっている。


 ……えっ。もうこんな時間?


 アルベルトの物語に感情移入していたせいか、最初から最後まで一気に見てしまっていた。

 そのとき。


「面白かったか?」


「ほわぁぁあぁぁ!」


 突然、背後から声をかけられた。

 心臓が口から飛び出すかと思った。私は勢いよく振り返る。そこには所長がいた。

 しかも――ものすごく近い。

 どうやら私の悲鳴が予想以上に大きかったらしい。所長は引きつった顔でこちらを見ていた。

 そこで、ようやく思い出す。

 ……あ。このタブレット――神楽坂所長のだった。

 しかも、私は借りたまま返すことも忘れて、最後まで夢中になって見ていた。さすがにまずすぎる。

 慌ててタブレットを差し出す。


「す、すみません……夢中になりすぎて、これ、所長のだっていうのを忘れてました……」

「ああ、別にいいぞ」


 所長はタブレットを受け取った。怒っている様子はない。それどころか、よく見ると口元がほんの少し緩んでいる気がする。


「……所長?」

「……腹、減ってないか?」

「……え?」

「もうこんな時間だ」


 言われて壁の時計を見る。

 いつの間にか、夕飯を食べてもおかしくない時間になっていた。


「そういえば……」

「よかったら、飯でも食って帰るか?」

「私と、ですか?」

「他に誰がいる?初日だからな、ちょっとした歓迎会だ」



 ◇

 

 

 所長に連れてこられたのは、駅から少し離れた路地裏にある小さなラーメン屋だった。普段からラーメン好きを名乗っているこの私が知らなかったお店。

 古びた木の看板には、太い筆文字でどこかの必殺技みたいな店名が書かれている。

 『烈風山昇竜軒』。

 建物は決して新しくなかった。というか年季が入りすぎていて暖簾の端も少し色褪せているぐらい。なのに、店の前まで来ると足が自然と止まってしまう。


 ――いい匂い。


 豚骨と醤油、それに焦がしたネギのような香ばしい匂いが換気扇から漏れ出している。ガラス戸の向こうには、カウンター席が並んでいる。客は多くないけれど、誰もが黙々と箸を動かしていた。

 聞こえてくるのは、麺をすする音と、厨房から響く鍋の音。そして、時折聞こえる店主の「へい、お待ち」という低い声。

 派手な看板もおしゃれな内装もない。でも、ラーメン好き二十二年の私にはわかる。

 間違いない。ここは味で勝負しているお店だ。


「……なんか、すごく美味しそうですね」


 思わず呟くと、所長が隣で笑った。


「だろ?」


 暖簾をくぐる。

 その瞬間、濃いスープの香りがさらに強く鼻をくすぐった。

 お腹が、ぐう、と鳴った。


 ……しまった。聞こえてないよね?


 


 暖簾をくぐると、カウンターの奥から店主がこちらをちらりと見た。


「いらっしゃい」


 所長は慣れた様子で奥の二人席に腰を下ろす。私も後ろをついていく。

 木目の擦れたテーブルに、壁に貼られた色褪せたメニュー。 ガラスの調味料入れがテーブルの上に並ぶ。雰囲気がいい。期待が高まってくる。

 席に着くとすぐ水が運ばれてきた。


「醤油ラーメン、大盛りで。」


「はいよ」

 

「どれも美味いから好きなもの頼むといい」


「じゃあ、私も同じものを」


「はいよ」


 店主は短く返事をすると、すぐに厨房へ戻っていった。

 しばらくすると、厨房から食欲を刺激する音が聞こえてくる。麺を茹でる音。鍋を振る音。そして、ふわりと漂ってくる醤油と豚骨の香り。

 待っているだけなのに、お腹が空いてくる。


「お待ちどう」


 目の前にラーメンが置かれた。


「わぁ……」


 思わず声が漏れた。

 丼の中には、琥珀色のスープ。表面には細かな脂が浮かび、その上にチャーシュー、メンマ、ネギ、海苔。そして、スープの中から覗く細めの麺。見た目はいたって普通の醤油ラーメン。

 でも――これは、絶対に美味しい。


「「いただきます」」

 

 所長は卓上の胡椒を手に取る。


「朝倉、食事ってのは社会人には大切なものなんだ。体は資本と言って――」


「ごちそうさまでした」

 

「…………」

 

 胡椒を持ったまま所長の動きが止まる。

 視線が私の前にあるどんぶりへ向かった。

 

「……朝倉」

 

「はい?」

 

「……ラーメンどこいった」

 

「え? もう食べ終わりましたよ」

 

 私は口の端に着いたスープを親指で拭う。

 所長は信じられないものを見たような顔で私を見つめていた。

 

「いつ……食べたんだ。それに出来たてだぞ。あんな熱いもの――」

 

「あはは、口の中少しやけどしちゃいました。ラーメン食べる時いつもこうなんですよー」

 

 そう答えると、所長はますます呆気に取られたような顔をした。

 しばらく空になったどんぶりと私の顔を交互に見ていたけれど、やがて何かを決意したように口を開く。

 

「……チャーハンと餃子もどうだ? 」

 

「いいんですか? じゃあ、遠慮なく♪」

 

 所長は苦笑しながら店主を呼び、チャーハンと餃子を追加で注文してくれた。

 料理が届くまでの間、私たちはそのまま話を続ける。

 

「ラーメン好きなんだな」

「はい! 大好きです」

「ラーメンとスパダリには、似ているところがある」

「ラーメンとスパダリに? ほんとですかー?」


 思わず疑いの目を向けてしまう。

 ……どう考えても、似ているところなんてなさそうだけど。

 そんな私の表情を見たのか、所長は小さく笑った。



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