第五話 ただいま調整中♪
所長はトレイに並べられた薬品を一つずつ確認していく。
「まずは人格の基礎構造からだ」
手にしたのは、淡い灰色の液体が入った小瓶。スポイトで吸い上げ、コアへと垂らす。液体が表面に触れた瞬間、コアの内部を走っていた光が一斉に散った。
青、金、白。無数の光が複雑に絡み合い、やがて一つの輪郭を描き始める。
「思考パターン、価値観、判断基準……人格を構成する基礎情報を定着させる」
所長はモニターを確認しながら、次の薬品を手に取った。
「次に記憶」
透明な液体だった。コアへ落とすと、内部に浮かんでいた光の粒が次々と形を変えていく。断片的な映像のようなものが、球体の内側を流れていく。
幼い頃の記憶。
家族との時間。
学んだこと。
失敗したこと。
誰かに掛けられた言葉。
誰かに向けた言葉。
それらが一つずつ光となって、コアの奥へ沈んでいった。
「記憶は人格と結びついて初めて意味を持つ」
所長が三本目の瓶を取り出す。今度の液体はごく淡い紫色をしていた。
「そして、感情情報。喜び、悲しみ、怒り、不安。感情の振幅を設定する」
薬品が落ちる。コアが低く震えた。内部で光が激しく渦を巻き、やがて静かに落ち着いていく。
いくつものパラメーターがモニター上に表示された。
【感情安定性:A】
【怒り:C】
【不安耐性:A】
【共感性:C+】
「ここが一番の腕の見せ所」
所長は、別のガラス瓶を取り上げた。淡い金色の液体が入っている。
「これは?」
「共感性強化剤だ」
……なんだか、名前からして怖い。
所長は瓶の蓋を開け、スポイトで淡い金色の液体を吸い上げた。コアの真上まで慎重に手を運び、先端から一滴だけ垂らす。金色の雫が、透明な表面に触れたその瞬間、雫は表面に広がることなく、まるで吸い込まれるようにコアの内部へと消えていく。すると、内部で瞬いていた無数の光の中に、新たな金色の光が生まれた。
【共感性:C+→B+】
画面上のパラメーターがあがる。
「共感性を上げると、相手の気持ちを察する能力が向上する」
所長は説明を続けながら、次の瓶を手に取る。
今度は淡い青色。
「安心感形成剤」
「そんなものまであるんですか?」
青い液体がコアへ吸い込まれる。
内部で瞬いていた光が、少し穏やかになった。
所長がパラメーターのある項目と注文書を見比べる。
「【献身性:SSS】か……高すぎるな」
「高い方がいいんじゃないですか?」
「数値が高いだけじゃダメだ。バランスが重要」
所長は赤い薬品を手に取った。しかし、そのまましばらく眺めている。やがて半分だけを別のビーカーへ移した。
「このままじゃ四六時中、相手のことしか考えなくなる」
「重っ」
「重すぎる愛情は恐怖だからな」
そう言いながら、半量だけをコアへ注ぎ込む。さっきまではスポイトを使っていたのに、今度は随分と大胆だ。目分量で大丈夫なんですか、と聞きたくなったけれど、所長の真剣な横顔を見て、私は言葉を飲み込んだ。
【献身性:SSS→A+】
「これでいい」
所長は満足そうに頷いた。
そして最後に、所長は小さな透明のカプセルを取り出した。中には、ごく淡い桃色の光が閉じ込められている。
「……これが愛情だ」
私は思わずカプセルを見つめた。
「愛情はカプセルなんですか?」
「正確には、愛情形成因子を封入した徐放性カプセルだ」
所長はカプセルを指先でつまみ上げる。
「一度に放出してはいけない。急激に高いとただの危ない人になってしまう」
カプセルがコアへ触れる。カプセルは吸い込まれるように中へ入り込む。すぐには解けず、カプセルの周りに気泡が発生し、透明な殻の内側で桃色の光がゆっくりと脈打ちはじめる。
「少しずつ溶けていくように調整してある」
所長は静かにコアを見つめた。
「今日、完成した時点では『好意』程度」
コアの内部で、桃色の光が一度だけ瞬いた。
「そこから時間をかけて、親愛へ。信頼へ。そして――愛情へ」
私は思わず息を呑んだ。
「つまり、愛情が成長していくんですか?」
「そういうことだ」
所長が小さく頷く。
「誰かを好きになるという感情は、最初から完成しているものではないからな」
コアの中で、桃色の光がほかの光とゆっくり混ざり始める。
青い光と金色の光と白い光。そして、淡い桃色の光。それらは絡み合いながら、一つの小さな光へと集まっていった。
「ふぅ、これで人格の定着、完了」
モニターに表示された数値が、次々と安定していく。
所長は満足そうに頷くと、台座の上で輝くコアへと手を伸ばした。そっと両手で包み込むように持ち上げる。
「次は、こいつをガワに移す」
所長は白い台座へと歩み寄った。
「……さて」
透明なコアが、ゆっくりとその身体へ近づいていく。
あと数センチ。私は思わず両手を握りしめる。
その瞬間、王子の胸元に淡い光が浮かび上がった。
「わっ」
思わず声が漏れる。コアは所長の手の中から、すうっと引かれるように動いた。まるで見えない何かに吸い寄せられるように。
そして――コアは何の抵抗もなく王子の胸へと吸い込まれていった。
光が消える。次の瞬間、眠っていた王子の身体がわずかに震えた。
私は思わず息を呑む。
先ほどまで、そこにあったのはただの肉体だった。
けれど今は違う。
人格が入り、記憶が入り、感情が入った。
あの身体の中には、確かに一人分の『誰か』がいる。
所長がゆっくりと、その顔を覗き込む。
さらりとした髪が肩からこぼれ、王子の胸元にかかった。美形と美形がやたらと近い。
……なんだろう、この状況。
なんだか、いけないものを見ているような気がして、私はそっと目を逸らした。
その横で、所長は何事もなかったかのように呟く。
「よし。じゃあ次はテストに移ろう」




