第四話 『ガワ』と『コア』
所長に連れられてやって来たのは、部署の奥にある一室だった。扉を開けて中へ入っていく所長の後を私は小走りで追う。
「ここが調整室だ」
――おおぉ。壁も、床も、天井も真っ白。
目に入るもの全てが白で統一されていた。病院の手術室にも似ている雰囲気がある。けれど、どこか神聖な空気が漂っている気もする。
部屋の中央には白い台座が置かれていた。その上には、一人の男性が眠るように横たわっている。白い部屋に白い台座があるせいだろう。境界線が曖昧になってその男性はまるで宙に浮いているみたいに見えた。
金色の髪に彫刻のように整った顔、長い睫毛。白い礼装には金糸の刺繍が施され、胸元には宝石の飾りまでついている。
「で、こちらが今回のスパダリ候補」
「どこからどう見ても王子様ですね」
作りものだとわかっているのに、今にも動き出しそうなその造形の精巧さに思わず唾を飲み込む。
私は研修で習ったことを段々と思い出してきた。
『ガワ』――キャラクターの肉体。(衣服・装飾を含む。)
何度も映像で見た。それでも、実物を目の当たりにすると、画面越しでは伝わらなかった生々しい存在感に圧倒される。
私は男性から視線を外し、ふとその隣へ目を向けた。
ガワの隣。そこには黒い円柱状の台座が置かれている。その上には拳大の黒い球体があった。いや、あった、という表現は正しくない。そちらは文字通り浮いていた。球体は台座から数センチ離れた空中で静かに回転している。その内部では無数の光の粒が星空のように瞬いていた。青い光。金色の光。白い光。小さな星々が閉じ込められているみたいに。
「すごっ、なんか……宇宙みたい」
「これがコアだ、触るなよ」
『ガワ』が肉体なら。『コア』は魂。
人格。記憶。感情。
そのすべてが、この小さな球体の中に存在している。
キャラクターをキャラクターたらしめるもの。
それこそが、『コア』だった。
「では調整を始める。まずは洗浄からだ」
そう言って、黒い台座の脇に置かれたトレイから小さなガラス瓶を取り出した。
中には無色透明の液体が入っている。
「コアは生成されたばかりだ。前の工程で付着した余分な情報を取り除く。これを怠ると、後の調整で人格にノイズが混じる」
所長は専用のスポイトで液体を吸い上げ、黒いコアの表面へそっと一滴垂らした。液体が触れた瞬間、淡い青色の光へ変わる。その光はゆっくりとコアの内部を巡り、無数に瞬いていた光が、一度だけ大きく明滅した。
やがて所長は、別の瓶を手に取る。
「次に定着液」
今度の液体は、ほんのりと金色を帯びていた。
「人格情報をコアに固定するための基礎となる液体だ。使用量は〇・八ミリリットル」
所長が慎重にスポイトを傾ける。金色の液体がコアへ落ちた。その瞬間、内部の光が大きく揺らめいた。青い光と金色の光が混ざり合い、複雑に絡み合う。やがて、それらは一つの流れとなって、コアの中心へと集まり始めた。
「さて――ここからが本番だ」
所長が手にしたタブレット端末を操作すると、その上の空間に淡い光が浮かび上がった。光は瞬く間に一枚の大きな画面へと形を変える。空中に浮かび上がった三次元モニターには、何らかの資料が表示されていた。
私は思わず身を乗り出し、その内容を覗き込む。
――文字、文字、文字。
画面には、細かな文章が隙間なくびっしりと並んでいた。
【基本属性:冷静沈着】
【知性:極めて高い】
【容姿:最高水準】
【財力:最高水準】
【社会的地位:王族】
【責任感:高】
【包容力:極めて高】
【共感性:高】
【独占欲:中】
【嫉妬心:中】
【溺愛傾向:高】
【ヒロインへの優先度:最優先】
その下にも、まだ続いている。
恋愛観。家族観。仕事への姿勢。他者への態度。怒りを感じる条件。許す条件。傷ついた時の反応。そして、ヒロインにだけ見せる表情まで。
細かい。とにかく細かい。注文書というより、一人の人間の人生そのものを書き記した設計図のようだった。
所長はそれを黙って読み進める。
「……細かいだろう」
独り言のように所長が呟いた。
「この注文書を書いた人間は、この男に何をしてほしいのか、何を言ってほしいのか、何を言わないでほしいのかまで指定している」
所長の指が画面を操作する。表示された資料が切り替わった。
【ヒロインが泣いている時――最初に抱きしめること。「泣くな」とは言わない。理由を聞くまで無理に慰めない。ヒロインが話し始めたら最後まで遮らない。】
私は思わず目を見開いた。
まだ続いている。
【ヒロインが自分を責めた場合――否定する。ただし「君は悪くない」とだけ言って終わらせない。具体的に何が悪くなかったのかを説明する。】
「……」
一体、どれだけの情報が詰め込まれているのだろう。
所長は画面を見つめたまま、静かに言った。
「これだけ細かいのは、それだけ作者の熱意が強いということだ」
所長はモニターをゆっくりとスクロールさせた。流れていくのは理想の恋人に求める細かな条件の数々。その下にもまだまだ指定は続いている。
「だから、間違えられない。一つでも取りこぼせば、その人が思い描いた『理想の男』ではなくなる」
指が止まった。
しばらく画面を見つめたあと、その手がゆっくりと下ろされる。
「我々が作っているのは、ただの高性能な男ではない」
視線がモニターから離れた。そして、静かにコアへと移る。球体は台座の上で浮かび、その内部では無数の光が星々のように揺らめいていた。
「誰かが、長い時間をかけて夢見た存在だ」
一歩、コアへと近づき、何も言わずそれを見つめていた。
やがて、静かに息を吐く。
「さあ――夢を形にする時間だ」
その言葉を合図に、内部で無数の星が一斉に瞬いた。




