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こちらなろう区カクヨム公園前スパダリ製作所  作者: 武者かるび
第一章 ~ スパダリってなぁに? ~
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第三話 わたしのスパダリ論

 挨拶が終わり、スパダリ課には喧騒が戻っていた。

 私は所長のデスクの前に立っていた。目の前の美丈夫は机に両肘を置き、目の前で手を組んでいる。

 なんか就活してた頃を思い出すなー、あの頃は勇者課に――なんて思っていると所長が口を開いた。

 

「さぁ、君のスパダリ論を語ってくれ」

 

 正直困った。私はスパダリの意味さえ知らない。

 しばらく考えた後、頭に一つの言葉が浮かぶ。

 

「……す……す……」

 

「す?」

 

「……すぱげてぃどりあ」

 

 所長の笑顔が固まる。お茶を飲みながら横目でこちらを窺っていた先輩が噴き出した。

 わかってる。自分でもよくわかっている。絶対に違うって。

 

「……な、なるほど、初心者ってことか。いいだろう」


 所長は咳ばらいをし、立ち上がる。そして、横にある『目標100万PV』『あきらめたらそこで物語は終了ですよ』などと書かれたホワイトボードをおもむろに叩いた。ホワイトボードはグルンと半回転し、まっさらな裏面のホワイトボードが表へと変わる。

 所長はホワイトボードへさらさらと何かを書き込んだ。

 

「スパダリ……それは『スーパーダーリン』の略語だ。」

 

 そ、そうだったのか。良かった。スパゲティドリアじゃなくて。それにしてもスーパーダーリン。正式な名称を聞いても全くイメージがわいてこない。

 所長の説明は続く。

 

「スーパーダーリン。つまりは『理想の恋人・配偶者として非常に高い完成度を持つ男性』である。ここが重要だ。」

 

 ほほぅ。なんだか掴んできた気がする。

 

「それは優秀ってことですか?」


「惜しい。そこが初心者が陥りやすいポイントだ。イケメン=スパダリではない。そして、金持ち=スパダリでもない。さらに、仕事ができる=スパダリでもない。もちろんそれらはスパダリを構成する要素ではある。だが、真に素晴らしいスパダリとは『能力の高い男性』ではなく、『ダーリンとして優秀な男性』なのだ。」

 

 どう違うのかわからなくなってきた。

 私が黙り込んでいるのを見て、所長は少しだけ首を傾げた。

 

「……ん? まだピンと来てないか?」

 

「すみません。なんとなくは分かるんですけど……」


 正直に答えると、所長は「ああ」と小さく頷いた。そして、何かを思いついたようにホワイトボードへ向き直る。

 

「じゃあ、具体例で考えてみよう」


 そう言って、マーカーのキャップを外す。ポンッ、と乾いた音が部屋に響いた。所長は少し考えるようにペン先を止め、それから白い板の上にゆっくりと文字を書き始めた。

 

「例えば――」


 さらさらと、黒い線が走る。

 私はその背中を見つめながら、何が書かれるのだろうと身構えた。


「こういう男性がいたとしよう」


 所長はそう言って、書き終えた文字をこちらへ向ける。

 

 【 年収3000万円。超一流企業勤務。東大卒。身長190cm。イケメン。スポーツ万能 】


 おぉ……これはすごい。


「これらの条件を満たすのなら間違いなく、その男はハイスペック男子。すなわち優秀であると言えるだろう。しかしな」

 

 所長が身をかがめ、口元に手をやり、声のトーンを下げる。怖い話のオチを言う前のような独特のタメが入る。私はつられて身を乗り出してしまう。

 

「その男が、『俺の女なんだから俺の言うことを聞け』などと言い出したらどうだろう」

 

「ひえぇぇーー」

 

 しまった。つい怪談を聞かされた時みたいな反応をしてしまった。


「能力は高い。だが、スパダリとは限らない。なぜなら、スパダリの評価対象は、本人のスペックだけではないからだ。」

 

 私は腕を組む。

 うーん。言いたいことは何となく分かる。たぶん。

 でも、まだ上手く言葉にできない。勇者だったら簡単なのに。勇気。強い。仲間を思う心。そんな感じで分かりやすい。だけどスパダリは違うらしい。イケメンでもダメ。金持ちでもダメ。頭が良くてもダメ。だんだん分からなくなってきた。


「じゃあ、何があればスパダリなんですか?」


 私の問いに、所長は満足そうに頷いた。その質問を待っていたと言わんばかりに。

 

「では、何が評価されるのか。それは――その人が、相手に何を与えられるかである。どれだけ高い能力を持っていても、それを自分のためにしか使わないのであれば、ただのハイスペックな男性だ。スパダリとは違う。スパダリの本質はそこだ。自分がどれだけ優れているかではなく、相手にどれだけ『幸福・安心・尊重』を与えられるか。これこそが、スパダリをスパダリたらしめる重要な要素なのである。」

 

 ――幸福。安心。尊重。


 私はその三つの言葉を頭の中で繰り返した。

 どれもゲームのステータス画面には載っていないものばかりだった。でも――。

 

「なんか……勇者みたい」

 

 気づいたら呟いていた。


「ほう?」


 所長の眉が僅かに上がる。

 私は慌てて言葉を続けた。


「いえ、その……世界を救うとかじゃなくて」


 どう説明すればいいんだろう。少し考えてから言葉を探す。


「勇者って、強いから勇者じゃないじゃないですか。誰かを助けたいと思うから勇者なんです。たぶん。」


 所長の口元がわずかに緩んだ。


「面白い見方だな」


 それが褒められたのかどうかは分からなかった。けれど、スパダリというものがほんの少しだけ分かった気がした。

 その時。


「所長」


 後ろから声がかかる。振り返ると、先ほど『ざまぁは注文書の倍入れるんだよぉ!』と叫んでいた男性社員が立っていた。手には一枚のタブレット端末を持っている。


「ガワ、完成したそうです」


 所長が目を細める。


「ほう」

「最終チェックも終わっています。いつでもコア投入可能です」

「ちょうどいい」


 『ガワ』。『コア』。実物は見たことはないけど、どちらも研修で習った内容だ。ガワがキャラクターの肉体でコアが人格や記憶の核となる部分だったはず。


「朝倉」


「は、はい」


 所長はゆっくり振り返った。白いシャツの裾が揺れ。長い黒髪がさらりと肩を流れる。そして、そのまま私の肩へぽんと手を置いた。


「百聞は一見に如かずと言う。実際に見てもらおう」

「何を……ですか?」


 所長の笑みが深くなる。


「スパダリが生まれる瞬間を、だ」



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