第二十七話 祭りのあと
ライブから数日後、私たちは残務整理に追われていた。
時刻は午後五時。
私はパソコンを前に、深いため息をついた。
画面には、処理待ちの書類や報告書がずらりと並んでいる。ライブの後処理に加え、今回の一件で発生した諸々の調整もあるらしい。
……まだこんなにある。
あのときは、ダザムが無事に元に戻って、ライブも大反響。めでたしめでたし、で終わると思っていたのに。
現実は甘くなかった。
キーボードに手を伸ばし、ひとつ書類を片づける。すると、また別の確認事項が目に入った。
……終わらない。まったく終わる気配がない。
私はそっと椅子の背もたれに体を預けた。
「はぁ~」
「どうした。ため息なんかついて」
「ほあぁぁああーー!」
突然、すぐ横から声がして、私は椅子から飛び上がりそうになった。
いつの間に来たのか、所長が私のパソコンを覗き込んでいた。
顔が近い。近すぎる!
「……? わからないところでもあったのか」
「い、いえ、なんか……」
「なんだ?」
所長に促され、私は画面へと視線を戻した。
「……私があのとき、すぐに二発目を打っていたら、こんなことにはならなかったのかなって」
あのとき。ダザムが砲弾を受け止めた、あの場面だ。
物語の中でも、一番の盛り上がりどころだった。リディア姫を守るために砲弾を受け止めたダザムの姿は、今思い返しても格好よかった。
だからこそ、私はあの瞬間に間に合わせたかった。もっと早く動けていれば、迷わず二発目を撃ててさえいれば、所長は怪我をしなかったし。もしかしたら、今ごろ課のみんながこんなに忙しくなることもなかったのかもしれない。
周囲を見回す。同僚たちはそれぞれのパソコンに向かい、書類の確認や報告に追われていた。誰も私を責めてはいない。それでも、みんなが忙しそうにしている姿を見ると、申し訳なさが込み上げてくる。それと同時に、自分の情けなさが身に染みた。
あのとき、私は何をしていたんだろう。結局、所長に頼ってばかりだった。
私は小さく肩を落とした。
「はぁー」
「…………」
またため息をついた私を見て、所長は何も言わずにタブレットを取り出した。
しばらく画面を操作すると、私のほうへ差し出してくる。
「ん。ほら」
「……なんですか、これ?」
「あの後、作者が『ウホホーホ・ウーホホ』の脚本を改稿したものだ。なんでも、あのライブにインスパイアされたらしい」
「えっ、もうできたんですか?」
あれから、まだほんの数日しか経っていない。それなのに、もう改稿が終わったというのか。
私は慌ててタブレットに目を落とした。
画面には、次回以降の台本が表示されていた。
「へぇ。ふむふむ。え!?」
私は思わずタブレットに顔を近づけた。
「……ダザムが女体化!?」
思わず声が裏返った。
画面に表示された脚本には、とんでもない展開が書かれていた。
ダザムがおねぇ言葉になっていたのは、帝国の宮廷魔術師による呪いが原因だったらしい。
王国最強騎士であるダザムを女体化させ、王国の戦力を削ぐ。それが魔術師の狙いだった。
呪いはダザムの体を徐々にむしばんでいく。解呪の魔法も、薬も効果がない。
このままでは、ダザムは完全に女体化してしまう。
呪いを断つため、ダザムはカインと共に宮廷魔術師へ立ち向かう。
しかし、魔術師の圧倒的な魔力の前に、女体化したダザムは追いつめられてしまった。
もうダメかと思われた、そのとき。
ダザムは持ち前のあり余る男性ホルモンで、呪いを自力で打ち破った。
「いや、男性ホルモンって!?」
驚愕した魔術師は、さらに強力な女体化の呪いを放った。
その瞬間、ダザムを守るようにカインが立ちはだかる。
呪いを受けたカイン。
魔術師がその光景に驚いている隙を突き、ダザムは渾身の一撃を叩き込んだ。
ついに、宮廷魔術師を打ち破ったのだ。
戦いを終えたダザムは、心配そうにカインへ駆け寄る。
ところが、カインはまったく変わった様子がなかった。
呪いを受けたはずなのに。それは――。
私は画面をスクロールする。
そして、次の一文を読んだ瞬間――。
「えぇー。カイン、女性だったのぉぉーー!!」
「ああ。大幅な変更点がそれだ」
――いやいやいや。大幅なんてレベルじゃないでしょ!
私はタブレットに目を落とし、ページを次々とめくった。
「へー、家の都合で男装していたんだ。え? え? カインもダザムのことがずっと前から好きで……?」
さらに読み進める。
「ダザムは相変わらず鈍感で、カインが女性だってことも、カインの気持ちにもまったく気づいてなくて……っていうか、リディア姫とカインをくっつけようとしてたよね!?」
思わずタブレットを持つ手に力が入った。
ダザムは、リディア姫と同僚のカインをくっつけようとし、カインはダザムに片思い。そして、リディア姫はもちろんダザムが好き。
……え、待って。これって。
私はもう一度、台本の該当箇所を読み直した。
――すごい。以前の脚本にはなかった、ちょっと複雑な三角関係ができあがっている。
「……お、お、お」
思わず、口から声が漏れた。
「お?」
隣で所長がニヤリと笑う。
私はタブレットを指差し、叫んだ。
「おもしろすぎぃぃぃーーー!」
「ふふ。ほんとすごいよな」
所長も楽しそうに笑っている。
そうなのだ。すごいのだ。女体化の呪いに、男装の麗人、そして複雑に絡み合う恋愛模様。次から次へと明かされる展開に、ページをめくる手が止まらない。
……それにひきかえ、私は。
「はぁー……」
再び、ため息が漏れた。
「おいおい」
所長が呆れたような顔で私を見る。
せっかくこんなに面白い脚本を読んでいるというのに、私の頭には、あのときの自分の情けない姿ばかりが浮かんでいた。
「…………」
沈黙が流れた。
私はタブレットを抱えたまま、落ち込んでいる。
やがて、隣で所長が時計に目を向けた。
「ん。ん。あー、もうこんな時間かー。疲れたから、なんだか甘いものが食べたいなー」
……急に何を言い出すんだろう。しかも、なんだか妙に白々しい。
黙っている私に、所長は続けた。
「近くに、夜からやってるカフェがあるんだよなー。でも、男ひとりじゃ行きづらいなー」
チラッ。
所長がこちらを見た。
目が合う。
……もしかして。元気づけようと、誘ってくれているのだろうか。
テスト室で姫を演じていた人と、同じ人だとはとても思えないぐらいの棒読みだ。
でも、それが、なんだか嬉しかった。
「じゃあ、連れてってください」
「本当か。そうか、じゃあ、しょうがないなぁー」
所長は、どこか満足そうに頷いた。
「キリのいいところまで終わらせて、六時半集合で。パフェが何種類もあって、おすすめらしい。それじゃ」
そう言うと、所長はさっさと歩いていってしまった。
……あれ?もしかして、最初からパフェを食べに行きたかっただけなんじゃ……?




