第二十二話 遭遇
物語の中を吹く風を感じ、土や草の匂いを吸い込み、感慨に浸っていた私は、ふと、あることを思いついた。
――そうだ! 味覚は? 味覚はどうなってるの?
期待に胸を膨らませ、あたりを見渡す。けれど、見えるのは木と草ばかりで、果実がなっている木も見当たらない。それでも、私の好奇心はとどまることを知らなかった。
――こうなったら仕方ない。そのへんの草でも……。
そっと手を伸ばし、足元の草を一房むしる。
「なにしてるんだ。朝倉、急ぐぞ」
ビクンッ!
私は慌てて振り返り、手にした草を反射的に背中へ隠した。
――あぶない。人としての尊厳を捨てるところだった。
「どうしましょう。王宮じゃないみたいですけど……」
「幸い、王宮は近くだ、徒歩で行くしかあるまい」
所長が端末を見ながら答えた直後、近くの茂みから物音がした。続いて、兵士らしき話し声が聞こえてくる。
「さきほど、こちらで不審な物音が」
「本当か? 聞き間違いじゃないのか」
――ガサッ。
枝を押しのける音が響き、二人の兵士が姿を現した。どちらも鍛え上げられた体つきで、手には槍を持っている。
私が二人に気づいたのと、兵士たちが私に気づいたのは、ほとんど同時だった。
視線がぶつかる。
「…………」
私は固まり、兵士たちも足を止めた。
「な、何者だ!」
兵士の一人が声を上げると、手にした槍をこちらへ向けた。
鋭い穂先を向けられ、私は思わず身をこわばらせた。
「ひええええーー、怪しいものではないんです!」
とっさに草を握りしめたまま両手を上げ、私はじりじりと後ずさった。けれど、それがかえって怪しく見えるのか、兵士たちは槍を下ろそうとしない。
目が合ったまま後ずさっていると、ふいに背中へ何かが当たった。
「ひっ……!」
思わず振り返ると、そこに立っていたのは所長だった。
どうやらいつの間にか、私のすぐ後ろまで来ていたらしい。
兵士たちに槍を向けられているというのに、所長は少しも動じた様子がない。まるで、たいした問題ではないとでもいうように静かに兵士たちを見つめている。
そして、所長はゆっくりと右手を上げた。
――パチンッ!
「人型捕縛!」
鳴らした指先が淡く光る。
その瞬間、二人の兵士を囲むように、三つずつ光の輪が現れた。
光の輪は一気に縮まり、兵士たちの体を締めつける。
「ぐっ……!」
二人の兵士は声を上げることも、身をよじることもできずに立ったまま完全に拘束されていた。
所長はその隙に、袖口から伸ばした糸を兵士たちの体に巻きつけると、素早く縛り上げていく。
そして、そのまま二人を茂みの中へ引きずり込んだ。
――すごっ! 本物の魔法使いみたい。
目の前で繰り広げられた魔法に、私は思わず目を輝かせた。
――ほんとうに……ファンタジーの世界なんだ!
そんな私をよそに、所長は左手の端末へ向かって話しかける。
「影響は?」
『問題ありません』
「後で解放してやってくれ」
『わかりました』
短いやり取りを終えると、所長がこちらへ顔を向けた。
「朝倉。いそごう」
「あのー、向こうから攻撃されたらどうなるんですか。怪我とかしちゃうんですか」
「物語に影響を与えに行くんだぞ。当然向こうからの影響も受ける」
「そんな大事なことは先に言ってくださいよー」
「心配ない。セーフティもあるし、そのスーツは【頑強】もついてるから滅多なことでは怪我をすることもない。それに……」
「……それに?」
『大丈夫だ。俺がいるから』
「…………………」
黙り込んだ私を、所長が何かを期待するような目で見つめてくる。
「言っときますけど……もうだまされませんよ」
ついさっき、同じセリフでだまされたばかりだ。そう何度もだまされてたまるか。
「……くっくっく」
所長はこらえきれないように笑い、ジト目を向ける私を見て、ようやく口を開いた。
「――ふぅ。緊張はほぐれたか? さぁ行こう」
所長はそう言うと王宮へ向かって歩き出した。
◇
端末の案内に従い、私たちは王宮の外壁へとたどり着いた。
周囲には草が生い茂り、人の気配もない。身を隠すにはうってつけの場所だ。ただし、目の前にそびえ立つ城壁を除けば、の話だけど。
私はゆっくりと顔を上げた。
「……高すぎでしょ」
見上げる首が痛くなりそうなほどの高さで、足がかりになりそうな場所も見当たらない。とてもじゃないが、普通に登れるような壁ではなかった。
「あのー、門から入りませんか?」
「隠密がついてるとはいえ、さすがに人目が多すぎる。ここから入るぞ。」
所長はそう言うと、右手を城壁の上部へ向けた。
次の瞬間、シュッと鋭い音が響く。
所長の指先から伸びた糸が、城壁の上へと一直線に飛んでいった。糸が何かに引っかかったのか、ピンと張り詰めたかと思うと、所長の体がふわりと宙に浮かび上がる。そのまま一気に引き上げられ、所長の姿は城壁の上へと消えていった。
「…………」
私は、ぽかんと口を開けたまま、その様子を見送った。
……すごい。あんな高い壁を、あっという間に。
感心していた私は、ふと我に返った。
――あれ、私は?




