第二十一話 突入したはいいものの……
ゲートの中を、私はロープに導かれるまま滑り落ちていく。
最初は恐怖で目を閉じていた。
けれど、しばらくすると少しずつ余裕が出てきた。
おそるおそる目を開け、周囲を見渡す。
「…………わぁ、キレイ」
どこまでも続く暗闇の中を、無数の星が流れていく。
私が猛スピードで進んでいるはずなのに、星々の方がこちらへ向かってきて、すれ違っていくように見えた。その光は細い線を描き、まるで流星の中を突き抜けているようで、私はさっきまでの恐怖も忘れてその幻想的な光景に見入っていた。
やがて、遥か前方に小さな光が見えてくる。
それは少しずつ大きくなっていき、暗闇にぽっかりと開いた穴から、眩しい光がこちらへ差し込んでいた。
その穴に飛び込む寸前、私は一つのことに思い当たる。
――あれ? どうやって止まるの?
次の瞬間、私は光の穴へと飛び込んでいた。
眩しい。そう思ったのも束の間。
「……え?」
目の前に広がったのは、青い空。
眼下には森が広がり、その向こうには巨大な城が見える。
「……わぁ」
本当に、異世界だ。……なんて感動している場合じゃない。
滑車の勢いは止まらない。
「ちょ、ちょっと待って!?」
ロープはそのまま前方へ伸びている。
その先に見えたのは――地面に深々と突き刺さった一本の銛。
「ま、まさか!?」
銛が、どんどん近づいてくる。ものすごい勢いで。
「いやいやいやいや! ぶつかるぅぅぅぅ!!」
私は反射的にハンドルから手を離した。
「――きゃああああああっ!」
体が宙へ放り出される。そして、そのまま――。
――ズボッ!
茂みに突っ込んだ。
「ぐえっ!」
ガサガサガサガサッ!
勢いは止まらない。
「痛っ! ちょ、待っ――」
ズボッ!
茂みを突き抜ける。それでも勢いは止まらない。
茂みの先は斜面になっていた。
――ゴロゴロゴロゴロッ!
「止まってぇぇぇぇぇ――!」
――ぽちゃん。
視界が一瞬で、水色に染まる。
「ガボガボガボガボッ――!」
私は川に落ちていた。
上も下も分からないまま、冷たい水が全身を包み込み、耳の奥で水の音がごぼごぼと響いている。
「――っ!」
息ができない。
慌てて手足をばたつかせる。
――水面はどこ!?どっち!?
必死に顔を上へ向けると、揺らめく水面の向こうに、ぼんやりと光が見えた。
「――ぷはっ!」
私は水面から顔を出した。全身を包んだ水の冷たさが、一気に伝わってくる。
まさかこんなところでウェットスーツが役に立つとは思わなかった。……いや。そんなことを考えている場合じゃない。
川の流れが思っていた以上に速い。
私の体が、どんどん下流へ運ばれていく。
――このままじゃ流される!
私は慌てて手を伸ばした。
すぐ近くの大きな岩に両手でしがみつく。
――ザァァァァァ……!
水が私の体を容赦なく押し流そうとする。
「絶対、離さない……!」
私が必死に岩へしがみついてから数秒後、光の穴から、所長が飛び出してきた。
私と同じように、ロープに取り付けた滑車でこちらへ向かってくる。滑車は銛へ近づくにつれて、少しずつ速度を落としていく。
そして、銛にぶつかる寸前で、ぴたりと止まった。
所長は慣れた様子で滑車から降りる。そのまま地面に、すたっと着地した。
所長は周囲を見回す。
「あれ? 朝倉? どこいった?」
「――しょ、所長! ガボガボ――だずげでぐだざい、ガボガボ。」
◇
なんとか所長に引き上げてもらい、私はふらふらと立ち上がった。
全身びしょ濡れだ。髪から水が滴り、ウェットスーツからもぽたぽたと水が落ちている。
私は息を整えながら、周囲を見渡した。
そこは、木々の生い茂る森の中だった。足元には湿った土と草が広がり、さっきまでいた川がすぐ近くを流れている。けれど、聞こえてくるのは水の流れる音だけではなかった。
遠くから、人の怒号がかすかに響いている。何を叫んでいるのかまでは聞き取れない。ただ、その声に混じって、甲高い剣と剣がぶつかり合うような金属音が聞こえてきた。さらにその向こうからは腹の底に響くような低い音が轟いた。
――砲弾の音? でも少し遠くで聞こえる。王宮の中って聞いてたけど……。
「王宮の……外? ですよね?」
隣にいた所長も周囲を見回しながら、額に手を当てる。
「最近いつもこうだ。アンカーの改良を申請はしているんだが……」
所長は、アンカーがどうだとか、着地点がどうだとか、ぶつぶつと独り言を言いながら周囲を確認している。
私はそんな所長を横目に、もう一度、周りを見渡した。
その時、森の中を風が吹き抜け、私の頬を撫でていった。
濡れた肌には少し冷たかったけれど、不思議と心地いい。遠くで聞こえていた怒号や剣戟の音が、風に運ばれるように少しずつ遠ざかっていき、木々のざわめきが代わりに耳へ届く。葉と葉が擦れ合い、枝が揺れ、どこかで鳥の鳴き声が聞こえた。
私は空気をめいっぱい吸い込んだ。
鼻をくすぐるのは、湿った土と草の匂い。
私は、今までずっと画面越しにしか知らなかったものを、初めて自分の肌で感じていた。
その時になって、ようやく実感する。
――私は今、外から物語を見ているんじゃない。物語の中にいる。
胸の奥が、どくん、と大きく鳴った。
子供の頃から憧れていた、あの『物語』の中に――私は、本当に来てしまったんだ。




