第二十話 いざ、物語へ!
頭上の画面いっぱいに単語が並んでいく。
その単語はどれも私のよく知るものばかりだった。
――【剣聖】。【光弾】に【飛行】に【死霊術】。あぁ、すごい。【鑑定】とか【鍛冶屋】も。【エルフ語】に【竜言語】まである。
私の好きなファンタジーの物語で必ず出てくるスキル達が並んでいた。中には私ですら見たこともない何に使うかもわからないスキルも。
……これが、これがあれば私は――。
「シノビはいくつ付けれる?」
「シノビは【隠密】がデフォルトで付いてるんで、レアなら二つ。アンコモンなら三つってとこですかね」
「アンコモンで三つか……十分だ。まずは【操糸】と。後は【麻痺】。いや今回は魔物がでないから【人型捕縛】にするか。【操糸】とも相性いいしな。最後は【時間停止】……はスーパーレアだから容量オーバーか。……【爆破】ならどうだ。帝国の攻撃に紛れて、爆音でダザムが『おねぇ言葉』になる瞬間をかき消せるかもしれない」
スキルを選ぶ所長をよそに私の指先は小刻みに震えていた。
熊さんがそんな私を心配そうにのぞき込む。
「えぇーと、奈々ちゃんのスキルは――」
「全部です」
「え?」
「全部です。ここにあるありったけのスキルを私にください」
――ここにあるスキルさえあれば
幼いころ、私は勇者になりたかった。
でも、それが大人になるにつれ無理だとわかった。
私は夢をあきらめ、勇者を作るために『OTOGI』に入った。
でも、あきらめたその夢が今、叶おうとしている。
私の体は歓喜に打ち震えていた。
――お父さん、お母さん。生んでくれてありがとう。今日、私は――『勇者』になります。
「ごめん。無理だよ」
「……え?」
「旧型は【頑強】がデフォで入っていて、あとはアンコモンが一個付けれるくらいだから」
「そんなぁー」
夢が一瞬で立ち消え、私はその場に膝から崩れ落ちた。
だけど――私はまだ諦めない。
「……じゃ、じゃあ、一番派手なヤツを――」
「だーめーだ」
すぐそばから声がした。
顔を上げると、所長が呆れたような表情で私を見下ろしている。
「ライブ中に潜入するんだ。【隠密】に決まっている」
所長が空中の画面に手を伸ばす。指先が文字に触れた瞬間、ひとつの光が弾けた。光はまっすぐ私のほうへ飛んでくると、ウェットスーツの中へ吸い込まれていった。
続いて、所長が画面を操作する。今度は三つの光が生まれ、黒い忍び装束へと次々に吸い込まれていった。
「よし、準備はできたな。時間も迫っている」
左腕のタブレットを見ると、ダザムが王国内に入る所だった。
帝国軍の魔法が飛び交う中、ダザムは相変わらず、内股で馬にまたがっていた。
王宮に向かってダザムが叫ぶ。
「リディア姫ー、もうすぐよー」
……あ!
確かに時間は迫っている。
スキルのことはあきらめきれないけど、私は覚悟を決めることにした。
◇
扉はすでに開かれていた。
扉の中は宇宙のように広がった深い闇があり、そこには無数の光が浮かび、さらにその奥には星々のような輝きが広がっていた。何度も目にしてきたゲートなのに、いざ自分が飛び込むとなると、途端に足がすくむ。
私は振り返り、後ろに並んでいたスパダリ課一同を見渡す。
「良かったらご一緒に――」
「ムリムリ」
熊さんはそう言うと扉に近づき、右手をその中へ入れようとする。
しかし、その手は見えない壁があるかのように扉の向こう側へ行くことはなかった。
「ね? スーツ着てないと入れないんだよ」
「ううぅ。でも、どうやって『ウーホホ』まで行くんですか? 私たちもスパダリ達みたいに歩いていくんですか?」
「それはね、こいつを使うのさ」
熊さんは扉の前にあるバリスタを指さした。
そこには、見上げるほど巨大な機械が鎮座していた。
大人二人分はあろうかという巨体。黒鉄のような重厚なフレームに、太い支柱と幾重にも組み合わされた機構がむき出しになっている。
その上部には、巨大な銛がセットされていた。分厚い金属の軸の先端は光沢を抑えた黒色に染まっている。
銛の根元には大きな穴が穿たれ、そこに結びつけられた太いロープが、本体に備えられた大型のリールへと伸びていた。
あんなものが飛んでいくところを想像しただけで、背筋がぞくりとする。
……いや、待って。これ、いったい何に使うの?
所長がモニター前のオペレーターに声をかけた。
「座標、大丈夫か」
「はい、エリアDの3の24。王宮内の茂みです。いつでもいけます」
「そうか、では……発射っ!」
直後、バリスタの機構が唸りを上げた。
――ガコッ――バシュンッ!
銛が凄まじい勢いで撃ち出される。
同時にリールが高速で回転し、巻かれていたロープが次々と引き出されていった。
銛は深い闇の中へと吸い込まれるように飛んでいく。その黒い影は、あっという間に小さくなり、やがて見えなくなった。
「着弾っ!」
オペレーターの声が響いた。
直後、リールが逆回転を始めた。ロープが勢いよく巻き取られ、ぴんと張り詰めた。
「銛だけ行っちゃいましたけど、私たちはいったいどうやって……」
「はい、奈々ちゃん。これ持って」
そう言って熊さんは、取っ手の付いた滑車を私に手渡した。
金属製の滑車には、両手で握れるハンドルが付いている。ロープを挟み込むような金具も備わっていた。
「え、まさかこれで」
「そう、そのまさかだよ」
熊さんがにっこりと微笑んでいる。
――なんかこれだけアナログ過ぎない!?
「朝倉。早く」
声のする方を向くと、すでにロープに滑車を取り付けた所長がこちらに向かって手招きをしている。
私は重い足取りで扉へと向かった。
ペタ、ペタと、ゴム底が床に張り付くような音が響く。その間抜けな足音が私の憂鬱を加速していった。
ようやくゲートの前にたどり着き、私は手にした滑車をロープに取り付けた。
そして、おそるおそるゲートの向こうを覗き込む。
そこに果てのない暗闇が広がっていた。無数の光が遠くに瞬いている。
まるで、真っ暗な宇宙に放り出されるみたいで足がすくんだ。
……これ、落ちたらどうなるの?
手にしたハンドルを握る指に力がこもった。
すぐ後ろには所長がいる。
そう思うと、なんだか急かされてるみたいな気分になり、気が気じゃない。
「あ、やっぱ。お先にどうぞ」
そう言って振り向こうとしたその時、耳元で所長がそっと囁いた。
『大丈夫だ。俺がいるから』
「……え? ――えぇっ!?」
私は一瞬、ぽかんとした。けれど、言われた言葉の意味を理解した途端、頬が熱くなる。
動揺する頭の中で、聞き覚えのある響きが引っかかった。
――あ! ダザムのセリフだ。
そう気づいた瞬間、ふと、体から余計な力が抜ける。
すると、背後から所長が私をそっと、だけど、力強く――
――ドンッ
突き飛ばした。
「――――え?」
――シャーーッ!!
滑車がけたたましい音を立てて回転する。次の瞬間、私はロープに沿って猛スピードで滑り出した。
風が顔を叩く。振り落とされまいと、私はハンドルに必死にしがみついた。
「んきゃあああぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」
自分の悲鳴さえ置き去りにする勢いで、私はロープを滑り降りていく。
その背後から、所長の声が聞こえてきた。
「あさくらー、絶っ対、手ぇはなすなよぉぉぉー」
その声を聞いて、私は確信した。
所長は絶対に楽しんでいる。
――覚えてなさいよぉ。




