第十八話 開幕!生放送
モニターの隅に表示されていた時刻が、17時59分から18時00分へと切り替わった。
その瞬間、壁一面のモニターが一斉に明滅した。
中央の大型モニターに、『OTOGI』のロゴが浮かび上がる。
重厚なファンファーレが、モニター室に響き渡った。
ロゴがゆっくりと消え、画面いっぱいに夕日に染まる王都の全景が映し出された。赤く輝く屋根、そびえ立つ王城、石畳の大通り。行き交う人々の姿まで、まるで本当にそこに暮らしているかのように細やかに描かれている。
やがて視点がゆっくりと上昇し、王城の尖塔を越えていく。
雲間から差し込む夕日が、街並みを黄金色に染め上げた。
そして、画面の中央に、タイトルが浮かび上がる。
――『ウホホーホ・ウーホホ ~ 近距離恋愛はすれ違い!? 『俺が二人を応援せねば』王国最強騎士の恋のキューピッドは、エイムがガバガバで自分のハートに矢が刺さる ~』
タイトルは堂々と画面を飾り、やがて光の粒となって消えていった。
直後、軽快なイントロが流れ始めた。
弾むようなドラムのリズムに、力強いギターの音色。そこへ華やかなストリングスが重なり、曲は一気に盛り上がっていく。
画面には、王都を駆け抜けるダザムの姿が映し出された。
重厚な鎧をまとい、巨大な剣を背負った巨体が、石畳の道を豪快に走っていく。道端の子供たちが歓声を上げ、犬型の魔獣が嬉しそうに後を追う。
場面が切り替わる。
王城の庭園で微笑むリディア。騎士仲間と談笑するカイン。そして、その二人を少し離れた場所で腕を組みながら見守り、なぜか満足げに頷くダザム。
サビに向かって音楽が高まるのに合わせ、画面が次々と切り替わっていく。
剣を振るうダザム。魔物の群れに立ち向かうダザム。リディアを庇い、傷だらけになりながらも笑うダザム。そして、リディアの恋を応援しようと、なぜかカインの背中を力強く押すダザム。
最後のカット。
夕焼けを背に、ダザムが親指を立てて笑った。
画面の下には、筆で描いたような力強いロゴが躍る。
――『ウホホーホ・ウーホホ』。
オープニング曲が最高潮に達し、画面が白く輝いた。
そして、物語が始まった。
◇
オープニング曲が最後の一音を響かせ、画面いっぱいに広がっていた光がゆっくりと収束していく。やがて画面は本編の映像へと切り替わった。
私は、そこでようやく詰めていた息を吐き出した。
……ふぅ。
気づけば、ずいぶんと肩に力が入っていたらしい。背もたれに体を預け、そっと肩を回す。隣の席では、熊さんも大きく息を吐いていた。
「ふぅ~……オープニング、ばっちりでしたね」
「あぁ、作っておいたものだからな。ここまでに異常は?」
「んー、問題なさそうです」
「そうか。だが、ここからが本番だ」
所長の言葉に、せっかく緩んだ肩が再びこわばった。
そうだった。オープニングは、まだ始まりにすぎない。
私は背筋を伸ばし、モニターへと向き直った。
◇
私の心配をよそに、ライブは滞りなく進んでいった。
画面の中では、ダザムが相変わらず元気いっぱいに勘違いを繰り返していた。リディアが頬を染めれば、カインへの恋心が募っているのだと解釈し、彼女が自分を頼れば、騎士として信頼されているのだと胸を張る。そのたびにリディアの想いは深まっていくのだが、当の本人はまるで気づいていない。
モニター室では、社員たちが担当画面を監視しながら、必要に応じて操作を続けていた。今のところ、目立った異常はない。
物語は順調に進み、私もいつしか画面に見入っていた。
この調子なら、二時間のライブも無事に終わりそうだ。
……そう思った矢先、それは起こった。
◇
魔族との戦いが続く最前線。王国軍の前線基地に、一人の伝令兵が駆け込んできた。
泥にまみれた軍服。乱れた呼吸。握りしめた報告書には、急いで届けられたことを物語るように、皺が刻まれていた。基地の指揮所に緊張が走る。
報告書を受け取った騎士が、そこに記された内容を読み上げた。
「北の帝国が王国を急襲した。第一、第二、第三騎士隊は急ぎ戻られたし」
その場にいた騎士たちの顔色が変わった。魔族との戦いで手いっぱいのこの状況で、王国まで攻め込まれたというのか。
ダザムは報告書を見つめ、太い眉を寄せる。
北の帝国。王都への急襲。第一から第三までの騎士隊に帰還命令。次々と情報を整理する頭の片隅に、どうしても離れない顔があった。
――リディア様。
王都に残してきた、愛しい主君。無事なのだろうか。怪我はしていないだろうか。敵の手が、王城にまで及んでいるのだろうか。
考えれば考えるほど、胸の奥がざわつく。
ダザムは拳を握りしめた。
今すぐにでも王都へ駆けつけたい。自分の目で王女の無事を確かめたい。いても立ってもいられなかった。
ダザムは踵を返すと、基地の外へと駆け出した。厩舎に繋がれた愛馬の前まで来ると、太い腕で手綱をつかみ、慣れた動作で鞍に飛び乗る。
巨体を受け止めた馬が、前脚を踏み鳴らした。
――リディア様。どうか、ご無事で。
ダザムは手綱を握り直し、王都の方角を見据えた。
「みんなっ。いくわよ」
そう言うや否や、ダザムは仲間を待たずに馬を走らせた。
◇
……あれ?なんかちょっと変じゃなかった? 今……「いくわよ」って。
周りの社員たちも異変に気づいたらしい。モニター室のあちこちから戸惑いの声が上がり、ざわざわとした空気が広がっていった。そのとき。
バァンッ!
モニター室の扉が、けたたましい音を立てて開いた。
室内にいた社員たちが一斉に振り返る。
入り口には、息を切らした社員が立っていた。額には汗が浮かび、肩が大きく上下している。よほど急いできたのか、片手を扉についたまま、もう片方の手で胸元を押さえていた。
「――所長っ! た、た、た、大変ですっ」
「どうした。ライブ中だぞ」
「メーカーから『リコール』が出ました」
「リコール!? いったい何が」
「共感性低下剤に、製造上の不具合が見つかったそうです。現在、メーカーが回収を進めているとのことですが、すでに使用されたものにも影響が出る可能性があると……!」
社員は息を整える間もなく、手にした端末を所長へ差し出した。
「すでに使用されたものにも影響が出るだと?」
「はい! しかも、複数の使用者から同様の症状が報告されているそうです!」
所長の表情からいつもの余裕が消えた。
――共感性低下剤。調整室でダザムのコアに注入したあの薬だ。
所長の視線が、モニターへと向けられる。眉間にわずかにしわが寄り、端末を握る手に力がこもった。どうやら、私と同じことに思い至ったらしい。
「一体、何の作用が」
「……緊迫した場面で『おねぇ言葉』になるようです」
社員たちが、一斉にモニターへと振り返る。
画面の中では、ダザムが王都へ向かって勇ましく馬を走らせていた。
――ほんの少し内股で。




