第十二話 オーク×オーガ×ミノタウロス
私の叫び声が、スパダリ課に響き渡った。
尻もちをついた私の目の前には、巨大な生物――いや、『ガワ』が横たわっている。
あまりにも体が大きすぎるせいか、白い台座が六つも連結されていた。
――オーク?オーガ?それとも、まさか……ミノタウロス!?
私がそんなことを考えていると、課のみんなが一斉に駆け寄ってきた。
「どうした!?」
「た、た、大変です!」
「何があった!?」
「ミノタウロスが! ミノタウロスが、間違えてうちに納品されてます!」
「いや、それ人間だぞ」
「……え?」
私は恐る恐る、もう一度ガワの顔を覗き込んだ。
たしかに、牛ではない。角もない。
けれど――太い眉に、分厚い唇。でかい団子鼻に、やたらと険しい表情。髪型はまるで角刈り。そして、体は大きく筋骨隆々。肩幅も広く、腕も太い。胸板なんて分厚すぎる。
今まで私が見てきたどのスパダリとも違う。
王子様系でも、優しそうな上司系でも、頼りになる師匠系でもない。
なんというか――斧を担いで、パスタ手づかみで食べる系だ。
「こんなの、『ほぼタウロス』じゃないですか」
「誰が『ほぼタウロス』だ」
呆れた声で突っ込まれる。
振り返ると神楽坂玄房所長が立っていた。
「さ、みんな仕事に戻るんだ」
所長の一言で、課のみんなが一斉に自分の席へ戻っていく。
……切り替え、早っ。
所長が私を見る。
「朝倉。まだスパダリというものが、わかっていないようだな」
「はぁ……」
「ふふん。いいだろう。いい機会だ」
所長はそう言うと、ホワイトボードの前まで歩いていった。今日は一つにまとめている後ろ髪がぴょこぴょこと跳ねている。なぜだろう。その後ろ姿は妙に嬉しそうだ。
ホワイトボードには誰が書いたのか『感想は心の清涼剤』『打倒勇者課! 愛されるよりも愛したいキャラを!!』そんな文字が並んでいた。そして――。
「刮目せよっ!」
バシンッ!
ホワイトボードを手のひらで叩く。
くる、くる、くるん。
三回転半したホワイトボードが所長が伸ばした手のひらに、パシッと収まった。長い髪がふわりと揺れ、所長は何事もなかったようにホワイトボードを見つめる。
……妙に決まっている。
所長はホワイトボードにペンを走らせる。
書かれた文字は――。
『第二回 スパダリと欠点』
「新人諸君は、しばしば勘違いする」
所長が振り返った。
「スパダリとは、完璧な人間のことだ、と」
私は思わず、隣に横たわる巨大なガワを見る。
太い眉。分厚い唇。団子鼻。角刈り。そして、岩のような筋肉。
……完璧というより、『最強』が近い気がする。
「しかし、それは半分正しく、半分間違っている」
所長がホワイトボードに書き込んでいく。
『その一、スパダリは完璧超人ではない』
「もしスパダリが本当に完璧超人であるならば――失敗しない。悩まない。弱音を吐かない。苦手なものもない。だが、そんな人間がいたとして……」
所長はペンを置いた。
「君は、その人物に親しみを感じるだろうか?」
「……うーん」
私は腕を組む。
たしかに、何をやらせても完璧で、失敗もせず、弱音も吐かない。そんな人がいたら、すごいとは思う。
でも――。
「ちょっと近寄りがたいかも」
「その通り」
所長が大きく頷いた。
「人は神様を尊敬することはできる。しかし、恋をする相手は人間だ」
「……なんか、急に恋愛講座っぽくなりましたね」
「そのため、スパダリには優秀さが求められる一方で、人間らしさも必要となる」
そう言って、所長は次の文字を書く。
『その二、欠点は魅力になる』
「一般的に、欠点は減点要素だと思われがちである。だが、創作において、欠点は必ずしもそうではないのだ。例えばな――」
きゅきゅっとペンの走る音が聞こえ、次々と文字が並んでいく。
【甘いものが大好き】
【料理だけ壊滅的に下手】
【方向音痴】
【朝に弱い】
「こうした要素は、能力不足というより、その人物らしさを形作るものだ」
「たしかに……」
私は頷いた。
完璧な人が、実は甘いものに目がない。仕事では冷静なのに、朝は弱くて寝ぼけている。そういうところを見ると、なんとなく親近感が湧く。
「欠点があることで、『この人も完璧じゃないんだ』という安心感が生まれる。読者やヒロインが、その人物との距離を縮めやすくなる」
「なるほど」
「欠点とは傷ではない。個性なのだ。ただし、欠点なら何でもいいというわけではない」
「え?」
「その人に合ったギャップというのが大事なんだ」
所長がホワイトボードへ向き直る。
『その三、ギャップは武器になる』
「ギャップとは、第一印象と実態の差だ」
私は首を傾げる。
「えーと……例えば?」
「強面なのに子犬が好き」
「……あー!」
「寡黙なのに、実は世話焼き」
「うんうん」
「仕事では冷静なのに、恋愛になると不器用」
私は思わず、ほぼタウロスを見る。
……この人が子犬を抱いているところを想像してみた。
…………。
ちょっと面白い。
「人は、最初の印象だけでは説明できない人物に興味を抱く」
…………なんか、わかってきた気がする。
「見た目が怖い。だが、話してみたら優しい。無口だが、困っている人間を放っておけない。強そうに見えるのに、実は繊細だ」
次々と文字が書き込まれていく。
「そうした意外性が、人物に奥行きを与える」
「奥行き……」
「そして、奥行きは魅力につながるんだ」
所長は小さくひと息をついてから、ホワイトボードに最後の項目を書いた。
『その四、人間味こそが重要である』
「スパダリに必要なのは高い能力だけではない。相手を思いやる心。そして、幸福や安心を与える力」
私は、以前の授業を思い出す。
スパダリとは、自分がどれだけ優れているかではない。相手に何を与えるか。
所長が続ける。
「だが、それだけでは足りない」
ホワイトボードに、一文字ずつ書かれていく。
『人間味』
「人間味。コレが大切だ。失敗することもある。苦手なものもある。悩むこともある。だからこそ、相手はその人物を身近に感じ、支えたいと思う。そして、もっと知りたいと思う」
気がつけば、私は黙って聞いていた。
「完璧な存在は遠い。人間らしい存在は近い」
その言葉が、不思議と胸に残った。
「スパダリとは、手の届かない理想像ではない。優秀でありながら、人間らしさを失わない人物。それこそが――スパダリだ」
私は、もう一度『ほぼタウロス』を見る。
巨大な体。険しい顔。角刈り。
どう見ても怖い。でも――。
「……じゃあ、この人もスパダリになれるんですか?」
「当たり前だ。というか知らないのか?」
「え、何がですか?」
所長が呆れた顔で私を見た。
「彼は超有名なスパダリ界の大エースだぞ」
――うっそぉぉぉん!




