第十一話 昼の戦場、愚痴の弾丸
株式会社OTOGIの地下一階。社員食堂。
正午を迎えるこの場所はファンタジーの世界より騒がしい。
「今日の日替わり、何!?」
「唐揚げ定食! 残りあと五食!」
「マジかよ! 俺、昨日から唐揚げの口なんだけど!」
「おい! そこの席、空いてるぞ!」
「そこは悪役令嬢課の予約席ですわ!」
食堂のあちこちから、怒号とも歓声ともつかない声が飛び交うのはいつものこと。トレーを持った社員たちが行き交って、食券を握ったまま走る人までいる。壁際では、勇者課の社員が山盛りのカレーをかき込み、その隣では聖女課の社員が優雅にパスタを巻いている。
ここはちょっとした戦場だ。
私は日替わり定食の生姜焼きが乗ったトレイをテーブルに置き、四人掛けの席に腰を下ろした。
「今日の日替わり、当たりじゃない?」
向かいに座った大柄な男性――田中くんが、箸を割りながら言う。
「そう? 昨日のほうがよかった気がする」
その隣では、眼鏡をかけた真面目そうな高橋くんが、唐揚げを一つ箸でつまんでいる。
「昨日って何だったっけ?」
「サバの味噌煮」
そこへ、うどんの乗ったトレーを持った凛花がやってきて、私の隣に腰を下ろした。
私たちがここで顔を合わせるようになって大体三カ月になる。
四人とも同じ新入社員。ただし、配属先は見事なくらいバラバラだ。
私は『スパダリ課』。
田中くんは『魔王課』。
高橋くんは『聖女課』。
そして、隣に座っている朝比奈凛花は『勇者課』。
研修で同じ班になったのがきっかけで、なんとなく昼休みに一緒に食べるようになった。
そんなわけで今日も、四人で昼飯を囲んでいる。
同期で集まると、自然と話が弾む。
四人とも、それぞれの課では一番下っ端だ。上司には言えない悩みや愚痴も、同期同士なら気兼ねなく話せる。
だから、この昼休みは私たちにとって情報交換も兼ねた貴重な時間だ。
「田中くんは最近どうなの?」
凛花に話を振られた田中くんは、少し考えてから答えた。
「俺の企画がなかなか通らないんだよね」
そう言って、鞄から企画書を取り出した。
タイトルは――『猫魔王』。
その下には、おそらく田中くんが自ら描いたのであろう、猫魔王のイラストが添えられていた。
黒いマントを身にまとい、頭には立派な王冠。鋭い牙をむき出しにし、両手には禍々しい杖まで持っている。ただ、妙に丸っこくて可愛らしい。
魔王課の田中くん。彼は無類の猫好きだ。
研修のときにも、みんなで作るキャラクター発表で猫ドラゴンを熱弁していた。ドラゴンに猫耳と肉球をつけ、ニャーと鳴きながら火を噴く。あのときの田中くんの熱弁は、今でも同期の語り草だ。
そんな彼が今、猫魔王の企画を通そうとしている。
……が、なかなか苦戦しているらしい。
「どこがダメなのか俺には分からない」
そう言って田中くんは肩を落とした。
「まぁまぁ。で、高橋くんは」
話を振られた高橋くんのメガネがキラリと光る。
「もぉ、シャーロット様最高っすよ。推して推して推しまくりっす」
高橋くんがそう言うと、じゃらりと音を立てて何かをテーブルの上に広げた。
アクリルスタンド。缶バッジ。フィギュア。
……全部、聖女シャーロット。
高橋くんは、田中くんとは違う意味で、配属されてから伝説になった男だ。
聖女のガワが届くたびに一目惚れし、勝手にオリジナルグッズを作っている。
つい先日なんて、オリジナル衣装まで自作して出社し、取り押さえられたらしい。
パラメーターで言えば、【愛情:A】【行動力:SS】そして、【常識:D】といったところかな。
……いや、最後はもっと低くてもいい気がする。
「……あはは」
乾いた笑いが、自然と口から漏れた。
「凛花はどうなの? 今は『追放系』と『スキル無し』が流行っているんだっけ?」
私は隣に座る朝比奈凛花へ視線を向けた。
私が憧れていた勇者課に配属された、同期の中でも一際優秀な彼女。
すらりとしたスタイルに整った顔立ち。長い髪も相まって、黙っていればどこかのお嬢様に見える。
頭脳明晰で、研修でも真っ先に周囲をまとめていた。まさに才色兼備。私の中では、リアル女勇者といってもいい。
……ただし、彼女には一つだけ困ったところがある。
「それもあるけど、今の最先端の流行りって知ってる? 『おっさん』よ! おっさん! 素敵なイケメンの勇者様が見たくて入社したのに、何が悲しくっておっさんなんか毎日見なきゃいけないのよ!」
凛花は拳を握りしめ、魂の叫びを上げた。
そう……彼女は、極度の面食いだった。
「そういう奈々はどうなのよ、スパダリ課。イケメンだらけなんでしょ?あーあ、わたしもスパダリ課にはいればよかった。それになんてったってさー……」
凛花がうどんからこっちに視線を移す。
「スパダリ課の神楽坂所長。めっちゃかっこいいじゃん。うちの課でもファン結構いるみたいよ」
「はは……そうなんだ」
私は苦笑いを浮かべた。
普段の姿は見慣れているけど、たしかにテスト室で見る所長の姿は毎回目が離せない。ファンがつくのも納得だ。
でも――私だって、勇者課に入りたかった。できることなら、凛花と配属先を交換してほしいくらいだ。
……いや、本当に交換できないかな。
そんなことを考えているうちに、食堂の壁に掛けられた時計が目に入った。
十二時五十五分。
「そろそろ戻らないと」
「え、もうそんな時間?」
凛花が慌ててうどんをすすった。
「午後から会議あるんだった!」
「俺も企画の打ち合わせだ」
「私も戻らなきゃ」
四人とも慌ただしくトレーを片付ける。
こうして今日も、あっという間に昼休みが終わった。
◇
昼休みを終え、私は凛花たちと別れてスパダリ課へ戻っていた。
廊下を歩きながら、さっきの凛花の言葉を思い出す。
――スパダリ課って、イケメンだらけなんでしょ?
もう三カ月もいるせいか、普段はすっかり慣れてしまっている。だから、今さら何とも思わない。でも、改めて考えてみると――確かに、スパダリ課に届く「ガワ」は、どれも顔面が激強い。
王子様に皇太子。物腰の柔らかな素敵な上司に、頼りになる渋い師匠。
タイプこそ違えど、揃いも揃ってかっこいい。廊下ですれ違えば振り返りたくなるような顔が、次から次へとやってくる。
……イケメンのバーゲンセールだ。
そんなことを考えながら歩いているうちに、スパダリ課の入口に着いた。
ハートの飾りで縁取られ、その中央には、でかでかと筆文字で『スパダリ課』と書かれたプレート。
相変わらず、何度見ても主張が強い。
「戻りましたー」
扉を開ける。
途端に、課内のあちこちからキーボードを叩く音や社員たちの話し声が飛び込んできた。
「おぉ、奈々ちゃん。新しいガワ届いたよ」
「あ、熊さん。お疲れ様です。新しいガワ、どこですか?」
「もう、調整室に入れといた」
「わかりましたー」
私は鞄を自分の席に置くと、さっそく調整室へ向かった。
新しいガワ。どんな顔をしているんだろう。
王子様系かな。それとも、頼れる上司タイプ?
そんなことを考えながら、調整室の前に立つ。
私はドアノブに手をかけた。
ガチャリ。
扉が開く。
そして、私は見た。
そこにいたのは――。
「ぎゃぁああああー! ば、ばけもの!?」




