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人間

 王子はわずかに身を引き、

 村長の右手首を掴む。

 王子たちを囲む村人が

 隠していた手斧を、

 山刀を取り出す。

 姫が鋭く手を掲げて村人を制し、

 魔女が厳しい目で杖を掲げた。

 王子が手に力を込め、

 村長が痛みに呻き声を上げる。

 短刀が村長の手から零れ落ち、

 地面が乾いた音を立てた。

 王子が静かに問う。


「なぜ?」


 村長は憎しみの目で王子を見上げた。


「なぜ、だと!?

 いまさら、

 いまさらやってきて、

 己が正しいような顔をするな!

 悪魔がこの地に降り立って

 それだけ時間が流れた!

 どれだけの人間が

 死んだと思っているのだ!」


 村人たちは虚ろな憎悪を湛え

 王子たちを見ている。

 姫はわずかにうつむいた。


「我らを救うというのなら

 今ここで死んでくれ!

 どうせ悪魔を滅ぼすことなどできん!

 悪魔の支配を受け入れ、

 ようやく得た平穏を乱さないでくれ!

 我らはただ

 穏やかに暮らしたいだけだ!

 それだけなんだ!」


 村人が包囲の距離を詰める。

 魔女は杖を強く握り、

 たまりかねたように叫んだ。


「ふざけるな!」


 激しい怒りに

 村人たちの足がビクリと止まる。

 驚いた顔で

 王子が魔女を振り返った。

 魔女は悔しげに村人たちをにらみつける。


「どうして彼らがお前たちのために命を捧げなければならない!

 世界のために報われぬ旅を続ける彼らが、どうして!」

「我らの知ったことか!

 己らのエゴに付き合ってやる謂れはない!」


 魔女が強く奥歯を噛み、

 両の眼からひとつぶ、

 涙がこぼれる。

 姫は魔女に小さく微笑み、

 冷たく村長を見据えた。


「『救世の英雄』を討てば

 褒美を与えるとでも言われましたか?」


 村長がハッと息を飲み

 視線を落とす。

 村人たちが気まずそうに

 目を逸らせた。

 王子は掴んでいた手を離し、

 よく通る声で

 皆に聞こえるように言った。


「お心を騒がせてしまったことを

 謝罪する。

 私たちはすぐにでも

 ここを立ち去ろう」


 姫と魔女に目配せをして

 王子は歩き始める。

 姫は魔女の手を取り

 王子を追う。

 魔女はぽろぽろと

 泣き続けている。

 背を伸ばして歩く王子に

 村人たちは囲みを解き

 後姿を見送る。

 ハッと何かに気付いたように

 村長が呼び掛ける。


「ま、待ってくれ!

 『救世の英雄』を

 むざむざと逃したと知れたら、

 我らは悪魔に殺される!

 魔物が村を襲いに来る!

 行かないでくれ!

 助けてくれ!

 魔物に抗する力を持たぬ

 か弱き我らを

 どうか!」


 呼び声に

 王子たちが振り向くことはない。

 村人たちが次々に声を上げた。


「見捨てるのか!?」

「魔物に脅かされる犠牲者を

 救ってくれないのか!」

「『救世の英雄』は

 人間の味方ではないのか!」

「お前たちは

 救う人間を選別するのか!」


 王子たちが村を離れていく。

 村人たちは絶望に涙を流し、

 ありったけの憎悪を込めて叫んだ。


「この人でなし!

 お前たちは英雄じゃない!

 功名餓鬼の詐欺師だ!」


 冷たい風が吹き

 遠く雷鳴が轟く。

 ぽたり、

 雨が地面を濡らし、

 やがて豪雨となって

 地面を打った。


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