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月は光を失い

『君たちは

 可哀そうだ』


 見下すように

 悪魔は大げさな身振りで

 両手を広げる。


『世界を救い

 世界に捨てられ

 世界を捨てて

 世界に裏切られ

 世界に利用され

 大切な仲間まで

 失って』


 楽しそうに

 悪魔は憐れむ。


『何も得ることなく

 死んでいく。

 意味もなく

 慰めもない』


 王子は剣の柄を強く握り、

 悪魔に斬りかかる。

 悪魔が右手を振ると。

 氷の槍が現れ

 穂先を王子へと向けた。

 王子が氷の槍を

 切り払う。

 槍は瞬時に蒸発し

 煙となって消えた。


『氷の槍を切り払う

 その剣は何のために

 あるんだろうね?

 太陽の力は

 君に何を

 くれたんだろう?』


 悪魔は左手を振ると

 薄紅色の花びらが

 ひらひらと舞う。

 悪魔がふぅっと

 息を吹くと、

 暴風が巻き起こり

 花びらを巻き込んで

 王子に迫った。

 王子は腕で

 顔を庇う。

 花びらは刃となり

 王子に無数の傷を作った。

 王子は炎剣を振るい

 花びらが燃え朽ちる。


『きっと

 意味なんてないんだよ。

 太陽も

 君も

 偶然そこにいただけの

 石ころと同じ。

 周囲に勝手に崇められただけ。

 何もできない。

 何も得ることはない』


 悪魔が右手を前に突き出し

 王子の手のひらを向ける。

 鈍色の闇が凝集し

 球を形作る。

 軽く腕を曲げ、

 闇球を押し出すように

 再び突き出したとき、

 悪魔の左手が

 右の手首を掴んだ。

 闇球が射線を外れ

 王子の横を掠めて

 背後の壁を吹き飛ばす。

 悪魔は軽く目を見張り、

 すぐに薄笑いを浮かべる。

 姫が怪訝そうに眉を寄せた。

 王子もまた

 不可解そうに悪魔を見る。

 左手を引き剥がし、

 悪魔が右手の指で

 虚空に文字を描くと、

 何もない空間から

 長い牙を持つ虎が

 姿を現す。

 虎が地面に降り立ち

 王子に牙を剥いて

 うなったとき、

 悪魔の左手が

 素早く新たな文字を描き、

 現れた巨大な鷹が

 その鉤爪で虎を襲った。

 虎は身体を抉られながら

 鷹の首に牙を突き立て、

 両者は黒い砂となって崩れる。

 悪魔は右手で左の手首を掴み、

 苦々しく笑う。

 姫の顔に血が通った。


「――いる」


 姫は王子に向かって叫ぶ。


「まだ、

 そこに

 いる!」


 悪魔は引きつった笑みで

 二人に言った。


『また希望を捏造するのかい?

 愚かなことだ。

 辛いのは自分たちだよ?』


 王子が息を吸い

 炎剣を構えて

 悪魔との距離を詰める。

 後ろに下がろうとして

 足がもつれたように

 悪魔は尻もちをついた。

 炎剣が悪魔の頬を掠め

 かすかに髪の焦げる臭いが広がる。

 悪魔は小さく舌打ちをすると

 右手で床を叩いた。

 風が巻き起こり

 悪魔を後方へと運ぶ。

 悪魔は身体を右に傾いで

 立ち上がった。


『君たちは僕を

 殺せない。

 星の魔女を

 殺せない。

 いい加減

 諦めたらどう?

 ありもしない、

 希望に、

 すがっ、て、』


 言いながら

 悪魔は右手を額に当て

 視線を落とした。


『いやいや、

 ちょっと、

 往生際の、

 悪い――』


 悪魔の左手にナイフが現れ、

 自らの右足に突き立てられる。

 悪魔は目を見開き、

 地面に膝を突いた。

 王子と姫は

 悪魔を見つめる。

 彼女が顔を上げた。


「……ごめん」


 姫がハッと息を飲む。


「私が愚かだった。

 心のどこかで

 悪魔を御せると

 思い上がった。

 私はその報いを

 受けなければね」


 姫の両目から

 涙がこぼれた。


「私はもうすぐ消える。

 もう次はない。

 これが

 最後の機会。

 これが、

 最期のお願い」


 彼女は王子をまっすぐに見つめ返す。


「私を、殺しなさい」


 王子の瞳が揺れる。

 彼女は王子を見ている。

 王子が

 うつむく。

 彼女は

 王子を見つめる。

 王子が顔を上げ

 剣を構える。

 彼女は微笑んだ。


「なりません!」


 姫が叫び、

 彼女を庇うように

 駆け寄って抱き着く。

 彼女は大きく目を見開いた。


「あなたを殺してはならない。

 あなたを、死なせない!

 諦めてはなりません!

 方法は必ずある!

 必ず

 あなたを助けます!」


 彼女は姫の背に手を回す。


「……ありがとう」


 そして、


『でも』


 悪魔の右手から伸びた黒い爪が


『それは愚かな選択だ』


 姫の身体を

 貫いた。

 姫の瞳から光が消え

 ずるりと床に崩れ落ちる。


『君たちに都合のいい奇跡なんて

 起きないと言ったろう?』


 悪魔が嗤い、

 彼女の目から涙が溢れた。


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