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希望

 悪魔の生み出した火球が

 王子に迫る。

 王子は飛来する火球を

 炎剣で切り裂いた。

 火球が爆発を起こし

 閃光が視界を遮る。

 王子は足を止めず

 悪魔との距離を縮める。


『ちょ、ちょっと!』


 炎剣を振り上げる王子に

 悪魔は慌てたような声を上げる。


『その剣で僕を斬ったら

 星の魔女もお終いだって

 本当にわかってる?』


 右肩を狙う斬撃を身を引いてかわし、

 悪魔はさらに後ろに下がる。

 王子は勢いのまま踏み込み

 炎剣を横薙ぎに払った。


「お前が

 きちんと避けろ」


 ひどい言い草、とぼやきながら

 悪魔は跳躍し、

 空中で一回転して

 後方に着地する。


『まあ、

 痛いのは嫌だから

 避けるんだけど』


 着地のタイミングに合わせ

 王子が鋭い突きを見舞う。

 左足を軸に

 悪魔は身体を右に回転させて

 突きをかわすと同時に

 回し蹴りで王子のこめかみを狙った。

 首をひねり

 王子は悪魔の踵から逃れる。

 剣の柄で胸を打とうとする王子に

 悪魔はわざと背中から地面に倒れて

 それをかわし、

 後方回転して距離を取った。


『相変わらず

 ためらいのない』


 悪魔が苦笑いを浮かべる。

 王子は再び悪魔に斬りかかった。

 間断なく攻め立てる王子の剣を

 ひょいひょいとかわしながら

 悪魔は話しかけた。


『予言を復習しようか。

 太陽は月光を受けて輝きを増し、

 星に導かれて悪魔を滅ぼす。

 星の導きを失った君たちに

 悪魔を滅ぼすことはできないんじゃない?』


 王子はわずかも表情を変えず

 剣を振るう。

 剣の放つ紅炎に髪を焦がされ

 悪魔は頬を膨らませた。


『話を聞いてよぉ』


 言いながら

 悪魔は王子の

 剣を持つ手の甲を打つ。

 王子が痛みに顔をしかめた。

 悪魔はさらに

 同じ場所を狙う。

 王子は剣を手放し、

 繰り出された左手の

 手首を取った。


『あ、ずるっ』


 左手を掴んだまま、

 王子は左の掌底で

 悪魔の胸骨を打ち抜く。

 悪魔は呻き、

 身体を前に屈めた。

 王子が右膝を跳ね上げる。

 悪魔が首をひねり

 王子の膝が頬を掠める。

 悪魔は息を止め、

 王子の左足の甲を踏み抜く。

 動きの止まった王子に

 悪魔は突き飛ばすような

 前蹴りを放った。

 たたらを踏むように

 王子は後ろに下がる。

 機を合わせて

 悪魔もまた距離を取った。


『……後で星の魔女に怒られるよ?』


 胸に手を当て

 悪魔は恨めしげに王子をにらむ。

 王子は平然と返した。


「全て終わってから

 謝ればいい」


 不快そうに顔をしかめ、

 悪魔は大きく息を吸い、

 背を伸ばして――

 かくん、と

 膝を折る。


『……あれ?』


 悪魔が不思議そうに

 自分の身体を見つめた。




『身体が動かない。

 どうして?』


 悪魔がパチパチと

 瞬きをする。

 床に落とした炎剣を

 王子が拾った。

 姫が金の瞳で

 悪魔を見据える。


「お前の本質は闇。

 太陽の紅炎に照らされれば

 闇が払われるのは必然でしょう」


 王子を見上げ、

 悪魔は感心したように言った。


『当たらない炎剣を

 振り回し続けたのは

 このためか』


 姫に顔を向け

 悪魔は軽くにらむ。


『何とも

 意地が悪い』


 姫は悪魔に近付き

 金の瞳が輝きを増す。

 姫の纏う蒼い光が

 悪魔の身体から

 魂の輪郭を浮かび上がらせる。

 球状に光る魂は

 その中央に蒼く線が走っている。


『本当に

 こんな終わり方?

 冗談じゃない、

 まだ

 これからじゃないか』


 悪魔は引きつった顔で姫を見る。

 姫は悪魔に向かって

 手をかざした。


『ま、待って、

 待ってよ!

 これじゃ

 何にも面白く――』


 魂の中央に走る蒼い線が

 光を増し、

 溢れる。

 光はやがて玉座の間を覆い、

 視界が白く染まった。




 光が晴れ

 彼女は呆けた顔で

 姫と

 王子を見る。

 視線を落とし、

 自らの手のひらを見つめ、

 彼女は再び顔を上げた。


『ごめん』


 どこかバツの悪そうに

 彼女は言った。

 姫の目から涙が溢れる。

 彼女が微笑み、

 姫が手を伸ばし――


 王子が姫の左手を掴み、

 強く後ろに引いた。

 よろけるように下がった姫の髪が

 悪魔の指から伸びた黒い爪に斬られて舞った。


『ざぁんねん。

 バレたか』


 くくくと笑い、

 悪魔の顔が笑みの形に歪む。

 信じられぬものを見たように

 姫がつぶやく。


「どう、して……?」


 立ち上がり

 服の埃を払って

 悪魔は得意げに話す。


『僕が依り代の肉体と不可分ではない、

 という君の推論は正しい。

 依り代の魂と僕の境界を裂けば

 強制的に分離できるという想像も

 正しい。

 僕の本質が闇だというのも、

 まあ外れちゃいない。

 太陽の剣の紅炎で照らせば

 闇が削れるのもその通り。

 そして

 闇を削れば魂の輪郭を

 浮かび上がらせることができるというのも

 何一つ間違っちゃいない。

 でもね』


 悪魔は自らの胸を

 人差し指でトンと叩いた。


『それはここに

 魔女の魂が残っていれば、

 の話さ』


 姫の肌から血の気が引く。

 王子が強く悪魔をにらむ。


『人はいつだって

 希望を探すよね。

 ああすればきっと幸せになれる。

 こうすればきっと

 助けられる。

 そしてその希望は

 真実から目を背ける

 絹のヴェールになる。

 月の姫、

 どうして君は

 間違えたんだと思う?

 それはね、

 彼女を助けたいと思うあまりに、

 彼女を助けることはできないという

 真実を直視することができなかったからだよ』


 悪魔は同情するように目を伏せる。


『君たちが助けたいと願う

 星の魔女は、

 もういない。

 もういなかったんだよ。

 君たちがここにきたときにはもう

 最初から

 いなかったんだ』

「……お前――!」


 姫は涙を流しながら

 拳を固く握る。

 王子の握る炎剣の

 放つ紅炎が勢いを増した。

 悪魔はにやりと

 口の端を上げる。


『いいことを教えてあげる。

 君たちに都合のいい奇跡なんて

 起きはしないんだよ』


 悪魔は心からの笑顔を浮かべ、


『残念だったね』


 歪んだ瞳で二人を見つめた。


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