春の終わりに
木の葉の隙間から
光がこぼれる。
魔女は背を伸ばし
まぶしさに目を細めた。
森に入り
薬草を摘む。
姫が熱を出し
寝込んでいた。
世の喧騒を離れ、
三人は穏やかな日々を過ごしている。
空虚な賞賛も
毒々しい打算も
ここには届かない。
不自由な山の暮らしに
王子と姫は驚くほど早く馴染んだ。
悪魔討滅の過酷な旅が
順応を速めたのだろうが、
そもそもが
無欲すぎるほどに
無欲なのだ。
蒔いた種が芽を出した、
大きなあけびが採れた、
いい天気だった、
そんな何でもない日常に
喜びを見出し
笑っている。
――もう少し泣き言をいうかと思ったのに
やや意地悪な顔で
魔女は口を尖らせる。
もうすぐ
師匠面はできなくなるだろう。
「さて、
これを飲ませたら
大丈夫でしょう」
必要な薬草が揃ったことを確認し、
魔女がそうつぶやいたとき、
――ぱしん
何かの弾ける気配に
魔女の顔色が変わった。
木々の間を飛ぶようにすり抜け
魔女は帰路を急ぐ。
庵の周囲に張った
晦ましの結界が破られた。
それは明確な意志を持って
力ある者が庵に侵入したことを意味する。
星の魔女の結界を破ることができる者は
多くない。
宮廷魔術師か、
それと同等の力持つ者が
直接出向いている。
――どうして、今さら?
庵まではまだ遠い。
焦燥に唇を噛み、
魔女は足を速めた。
庵が近付き
かすかに血の臭いが漂う。
魔女は速度を落とさず、
木々を抜けた。
視界に
庵を囲む兵と
呪を唱える魔術師たちと
指揮を執る宮廷魔術師と
打ち壊された扉と
後ろ手に縛られた姫と
組み伏せられた王子の姿がある。
魔女の顔に憤怒の形が浮かぶ。
「何をした!」
怒りに呼応するように
魔女の周囲に七つの火球が現れる。
「二人に
何をした!」
声に反応した魔術師たちが
杖を掲げる。
火球が瞬時に凍りつき、
砕けて風に散る。
同時に幾人かの魔術師が
耳から血を流して
地面に倒れた。
魔女は大きく目を見開く。
宮廷魔術師は
無感情に言った。
「どれほどの天才も
百人の凡人に敗れる。
力とは
数なのだ、
年若き星の魔女よ」
「黙れ!」
叫び、
魔女の杖が地面を打つ。
暴風が巻き起こり、
周囲の木々を揺らせた。
風は木の葉を散らし、
木の葉は鋭い刃となって
敵に襲い掛かる。
魔術師たちは呪を唱え、
木の葉の刃が燃え朽ちる。
別の魔術師が
地面から礫を浮かせ
魔女に向かって放つ。
左手を振り
魔女が礫を払った。
「見事」
宮廷魔術師は素直に感嘆を示す。
「だが」
宮廷魔術師が杖を振ると
漆黒の雷が球状に凝集する。
「一人でできることは
思いのほか少ないものだ」
雷球が魔女に迫り、
魔女は杖を両手で強く握って
前に掲げた。
光の障壁が雷球を阻み、
激しく火花を散らす。
障壁が砕けると同時に
雷球が弾けて消えた。
次の瞬間、
別の魔術師たちが巻き起こした烈風が
魔女の身体を吹き飛ばす。
大木に背を強かに打ち付け、
魔女は呻き声を上げた。
「逃げて!」
悲鳴のように
姫が叫ぶ。
魔女が大きく目を見開く。
組み伏せられた王子が
魔女を鋭く見据えた。
拳を握り、
唇を噛んで、
魔女は身を翻す。
宮廷魔術師の冷酷な声が響く。
「追え」
魔女の姿が森に消える。
配下の兵と魔術師が
滑るように動き
魔女を追った。




