陰謀論
「まったく、
冗談じゃねぇぜ!」
火酒をあおり、
カウンターにコップを叩きつけて、
無精ひげを生やした中年の男が
喚いている。
「どっちを向いても
増税、
増税!
景気が悪いったら
ありゃしねぇ!」
真っ赤な顔をしたその中年男は
吐き捨てるように言った。
周囲も諦めているのか
制止する者はいない。
酒場は困ったような
呆れたような雰囲気に包まれている。
「悪魔ってのが滅んで
世界は良くなるっつう話じゃ
なかったのか?
なーんにも良くなってねぇ。
良くなるどころか
悪くなってらぁ。
粉ひき小屋の使用料が
銀貨二枚だと!?
そんなん払ってたら
もうけなんぞ吹っ飛んじまうわ!」
苛立ちを吐き出し、
中年男は「うぇっぷ」と
口を押さえる。
まっすぐ座っていられないのか
身体がふらふらと左右に揺れる。
しばらく前屈みに耐え、
やがて中年男は
カウンターに突っ伏して
情けない声を出した。
「俺ぁどうすりゃいいんだよぅ。
このままじゃ
カカアと一緒に
飢え死にするしかねぇよぉ」
中年男はぐずぐずと
鼻水をすする。
周囲の客が肩をすくめる中、
一人の若者が
中年男に近付いた。
「分かる。
分かるぞ、とっつぁん。
あんたの辛さが!」
あぁん? と中年男は
図々しく隣に座った若者を見る。
周囲が驚いたような
迷惑そうな視線を若者に送った。
若者は気安げに
中年男の背を叩く。
「俺も同じさ。
世界は救われたと
世間じゃ言うが、
こちとら何にも救われねぇ。
不景気のせいで仕事はクビ、
家賃が払えず家を追んだされ、
将来を誓ったあの子に振られた。
もう右も左も明後日も分からねぇ、
お先真っ暗だってんだこのヤロウ!」
酔っているのか、
酔っているのだろう、
自分に酔った口調で
若者はまくしたてる。
中年男は妙に冷たい目をして
若者に言った。
「俺はカカアに捨てられちゃいねぇ」
一緒にするなと言わんばかりの目に、
「お、おう。
そいつは何よりだ」
若者の動きが止まる。
だがすぐに
気を取り直したように
若者は再びしゃべりだした。
「とにかく、だ!
俺たちは何も悪くねぇのに、
悪いことばかり起きやがる!
こいつはいったい何の因果だ!?
前世か!?
前世の行いのせいなのか!?」
「お前さん、
悪そうなツラだもんなぁ」
「ツラのことは言うんじゃねぇよ。
わりと気にしてんだよ」
中年男の的外れな同情に
若者はムッとした表情になる。
だがすぐに
気を取り直したように
若者は気勢を上げた。
「世の中が良くならねぇのは
誰のせいだ!?
悪いことばっか起きんのは
誰のせいだ!
俺か?
違う。
とっつぁんか?
違う!
俺はな、
思うんだよ。
こいつぁ――」
若者は急に声を潜め、
潜めているには大きな声で
聞こえよがしに囁く。
「――陰謀、なんじゃねぇか、って」
「……陰謀だぁ?」
中年男が馬鹿にしたように
鼻を鳴らした。
若者はひるまず続ける。
「考えてもみろ。
世界を救ったのは
誰だ?」
「あぁん?
そりゃ、
『救世の英雄』サマだろ」
「そう、
それじゃ、
その英雄サマは今、
どこにいる?」
「どこ、って、
たしか
どっかの山ン中」
「それだよ!」
ばしんとカウンターを叩き、
若者が身を乗り出す。
「おかしいと思わねぇか?
世界を救った英雄サマが
戻ってきたら山暮らしなんて」
うっとうしそうに身を引き、
中年男は顔をしかめる。
「そりゃ、おめぇ、
セイレンでコーケツな
どえらいお方なんだろ」
「ばっかとっつぁんおまえ、
そんなわきゃねぇだろ。
よぉく考えろよ?
世界を救ったんだぞ?
おまけに元々王子様だ。
望めば地位も名誉も金も、
手に入れ放題だろうがよ。
もしとっつぁんが
その立場だったら、
山に籠りますなんて言うか?」
中年男はしばし考え、
はっきりと答えた。
「言わねぇ」
「だろ?
思いつきもしねぇよ」
若者は大きくうなずき、
全てを見通す予言者のように言った。
「言わされたんだよ。
そうでなきゃ
あんなセリフは出ねぇ」
ようやく興味が出てきたように
中年男は尋ねた。
「誰に?」
若者は神妙な顔を作り、
「……ここだけの話だが」
と大声で語り始める。
「王の側室が男の子を産んだらしい。
王は今、
その側室と赤ん坊に夢中なんだと。
ところが、だ。
その側室ってのが食わせ者よ。
自分の子を次の王にってんで、
裏でこそこそやらかしはじめた」
「ど、どういうことだ?」
中年男が緊迫した声を上げる。
若者は小さく肩を落とした。
「……側室が男の子を産むまで
王の子は王妃様との間に生まれた
太陽の王子だけ。
順当にいけば
側室の子が王になることはない。
だが、
太陽の王子がいなくなれば、
側室の子が次の王になる。
側室の女にとって
太陽の王子は目障りなのさ」
「な、なるほど?」
中年男がうなずきを返す。
徒労感を覚えながら
若者は言葉を続けた。
「俺は、
太陽の王子は側室の一派に
陥れられたと踏んでる。
きっと脅されるか何かで
山に籠るなんて言わされたに
きまってるんだ」
いつの間にか
酒場の喧騒が遠のき、
周囲が聞き耳を立てている。
若者は大きく息を吸い、
はっきりと言った。
「側室の一派は
王をたぶらかし
この国を自分のものにして
好き放題しようとしてやがる。
だがもし、
太陽の王子が
都に戻ってきたら、
悪党どもを成敗して
この国を取り戻してくれる。
だって世界を救ったお人だ。
俺たちのことだって
きっと救ってくれる。
そうだろう?」
もはや若者は
中年男ではなく
酒場の全ての客に
問い掛ける。
酒場が静かにざわめき、
やがて、
「……そうだ」
あちこちから声が上がる。
「太陽の王子なら
きっと救ってくれる」
「俺たちを助けてくれる!」
酒場の中が一気に高揚に包まれ、
人々は叫び始める。
「太陽の王子、万歳!」
「悪党どもに正義の裁きを!」
熱を帯びた空気に
若者は口の端を上げた。




