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蠢動

 霊山の奥深くに庵を結び、

 王子たち三人は

 慎ましやかに暮らし始めた。

 魔女を師として

 山林に生きる術を学び、

 せせらぎに足を浸し、

 風に歌って。

 己を偽る必要のない日々は

 三人にとって初めての

 幸福であり、

 三人にとって初めての

 幸福を分かち合う時間だった。


――この幸福はきっと、永遠に


 屈託なく

 三人は笑う。

 魔女のポケットが

 退屈そうにもぞもぞとうごめいた。




「おのれ、おのれ!

 陛下も、

 王子も、

 何を考えているのか!」


 王妃はやり場のない憤りを

 周囲に撒き散らしている。

 正統な血を引く嫡男を

 簡単に放逐する王も、

 望めば全てを手に入れられるはずの

 我が子の無欲も、

 王妃には理解できない。

 何より、

 王太子の母としての自分の立場を、

 このような形で失うなど

 あってよいはずがない。


「……このままでは

 あの女狐の子が

 王になってしまう――!」


 か弱いふりをして王の気を引き

 言葉巧みにたぶらかして

 寵愛を得た側室の女に、

 王妃は憎悪を滾らせる。

 あのような端女の血に

 正統の血が破れるなど

 決してあってはならない。


「どうすればよい。

 どうすれば――」


――コンコン


 息を潜める様な小さなノックの音に

 王妃は顔を上げ身を固くする。

 答えぬ王妃にノックの主は

 抑えた声で扉越しに言った。


「夜分に訪う無礼をお許しください。

 私は王妃殿下の境遇に深く同情する

 さる高貴なお方の使いでございます」


 王妃は低く鋭い声で問う。


「さる高貴なお方?」

「名は、まだ。

 部屋に招いてくだされば

 お伝えすることも叶いましょう」


 王妃は不快そうに鼻を鳴らした。


「帰るがいい。

 名も明かせぬ輩を

 部屋に招くほど愚かではないわ」


 使いの男は

大げさな驚嘆を口にする。


「さすがは王妃殿下。

 国母たるにふさわしい

 聡明さでいらっしゃる。

 ならば

 扉越しにお聞きください。

 これは貴女様の、

 ひいてはこの国の未来に

 大きく関わる大事にございます」


 聡明、の言葉に

 王妃の態度が和らぐ。


「言うてみよ。

 無駄であろうが、

 聞くだけは聞こう」


 有難き幸せ、と

 使いの男は言葉を続けた。


「我が主は憂いていらっしゃいます。

 この国の今を」


 王妃は興味をそそられたか、

 使いの男に問い返す。


「今の、何を憂いておる?」

「正統の危機を、

 でございます」


 ほう? と

 王妃は続きを促す。

 使いの男はゆっくりと

 言葉を紡ぐ。


「聡明な王妃殿下ならば

 気付いておいででしょう?

 神より与えられし王権の証たる

 正統の血が、

 危機に晒されております」


 おお、と王妃は身を乗り出す。


「卑しき出自の女が

 陛下をたぶらかし、

 男児を生んだ。

 されどそれだけならば

 ただ傍流の血が分かれた、

 それだけのこと。

 だが

 あろうことか、

 正統の血を引く

 賢き貴女様のお子が、

 世界を救った英雄が、

 王宮を放逐されてしまった。

 このままでは

 この国はやがて

 穢れた血に支配され

 神の加護を失うこととなりましょう」

「そう、そうなのだ!

 その通りだ!」


 王妃が興奮気味に

 声を上げる。

 同調するように

 使いの男は語気を強めた。


「次代の王に相応しきは

 正統なる貴女様のお子、

 太陽の王子のみ。

 我が主はその理を

 正しく理解する者にございます。

 王妃殿下がお望みくださるなら、

 我が主は殿下の剣となり

 盾となって、

 真の正統を世に

 知らしめて御覧に入れましょう」


 王妃の顔が興奮に紅潮する。

 声を上げそうになる自分を抑え、

 呼吸を整えて、

 王妃は威厳を取り繕う。


「……その言葉に、

 偽りはなかろうな?」

「我が主は

 王国一の忠義の臣にございますれば」


 王妃は大きくうなずき、

 浮ついた様子で言った。


「許す。

 扉を開けよ。

 そちの顔を

 妾に見せておくれ」


 扉がゆっくりと開き、

 壮年の男が姿を現す。


「王妃殿下の

 賢明なご判断に

 感謝いたします」


 使いの男は恭しく頭を下げた。




 しばしの時が経ち、

 世界は滅びを免れた熱狂を忘れる。

 永く続いた祝祭の費用の負担を

 王国は領主たちに求め、

 領主たちは増税でそれを賄った。

 そして人々は

 気付き始める。


 悪魔が滅び、

 世界が救われたのに、




――なぜ、生活は楽にならない?


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