未来
世の称賛を受け、
あるいは避けながら、
三人はさらに南へと
旅を続けた。
日差しは穏やかに降り注ぎ
畑を耕す農夫が束の間
腰を伸ばして談笑している。
気付かれぬようそっと
彼らの脇を通り過ぎ
三人は国境を越える。
国境警備兵に囲まれ
もはや逃れられぬ王子は
英雄として
王都に帰還した。
自国の王子が世界を救った
その事実が国民に与えた熱狂は
他国の比ではなく、
国を挙げての祝祭が
王子を出迎える。
誰もが『救世の英雄』に
この世の正義を幻視し、
王子が人であると
知るものは誰もなかった。
王の前に傅き
王子は頭を垂れる。
王は威厳に満ちた声で言った。
「役目
大義であった。
悪魔を滅ぼし
世界を救ったその功は
永く世に伝えられるものとなろう」
「有難きお言葉にございます」
頭を上げず
王子は答える。
王の隣に座す王妃に
誇らしげな表情が浮かぶ。
「月の姫、
そして星の魔女よ。
そなたらも能く王子を助け
世界を救ってくれた。
世界の民に代わって
感謝を伝えよう」
姫と魔女は
無言で深く頭を下げる。
王は鷹揚にうなずいた。
「この地を治める者として、
そして汝の父として、
余は汝の献身に報いる義務がある。
世界を救いし英雄には
それにふさわしい栄誉が
なければならぬゆえに」
居並ぶ廷臣たちに
緊張が走る。
王子が何を望むのか――
それが彼らの今後に
影響するのだ。
王はたっぷりの間を取り、
王子に問う。
「英雄に相応しい
願いを示せ。
万難を排し
余は願いを叶えるであろう」
王妃が期待の眼で王子を見る。
誰かが唾を飲む音が聞こえる。
王子は顔を上げ
王をまっすぐに見据えた。
「叶うならばどうか、
王位継承の権利を捨て、
悪魔のもたらした厄災の
全ての犠牲者の魂を安んじるため、
霊山に庵を結び、
祈りの生を送ることを
お許しください」
王妃の顔が凍り付き、
王が驚きに目を見開く。
廷臣たちの間に
ざわめきが広がっていく。
王は王子を呆と見つめ、
絞り出すように言った。
「その願いに、
相違ないか?」
王子ははっきりとうなずく。
「悪魔が滅びたとはいえ、
その犠牲は数多、
嘆き恨む魂となって
現世を彷徨っております。
彼らを鎮めねば
やがて厄災となって
国を呪いましょう。
犠牲となった者たちが
禍物として祓われることなく、
人の魂として安らぎを得るよう、
祈りたいのです」
「ならぬ!」
蒼白な顔で王妃が立ち上がり
激しい怒りで王子を見据えた。
「ならぬ、ならぬ!
お前はこの国の王子、
次代の王ぞ!
犠牲者の鎮魂なら
聖職者どもにさせればよい!
お前が山深く追いやられ
隠者の如き生を送るなど
あり得ぬ!」
王子は穏やかに
王妃を見つめ返した。
「犠牲者の魂は
こう問うているのです。
『なぜもっと早く悪魔を滅ぼしてくれなかった?』
『自分が死に、他の人間が生き延びたのはなぜだ?』
『なぜ、助けてくれなかった?』
悪魔を滅ぼした私には
彼らに答える責務がございます。
悪魔を滅ぼした私にしか
答えられぬ問いなのです」
「そのような――」
「それまで」
身を乗り出す王妃を
王が制する。
王妃は唇を噛み、
引き下がった。
王は再び
王子を見据える。
「今一度問おう。
その願いに
相違ないか?」
「相違ございませぬ」
いささかの迷いもなく
王子ははっきりと答えた。
王は大きく息を吸い
目を閉じる。
「なんと、
気高き魂であろうか」
王の目に光るものが滲む。
「聞け、
王国の臣よ、
民よ!
汝らの王子は
真に英雄であった!
己の栄達も財も求めぬ、
真の高潔を宿した
英雄であったぞ!」
王の言葉に
感情の形を与えられ
感極まったように
廷臣たちが高揚を叫ぶ。
――太陽の王子、万歳!
――救世の英雄、万歳!
――王国の繁栄よ永遠なれ!
雷鳴のような称賛の中、
王は王子に告げる。
「汝の願いを叶えよう。
憐れなる魂を鎮め
この国の未来を祈ってくれ」
「有難き幸せにございます」
王子は王に深く頭を下げる。
その顔にようやく安堵が浮かんだ。
与えられた貴賓室で
三人は大きく息を吐く。
王の宣言を得て
勝ち取った自由を
噛み締めていた。
あと少し、
この王宮を出れば、
もはや誰からも利用されない
未来がある。
「思ったより
簡単に認めてくれたわね」
ああ、と王子は
種明かしのように言った。
「先日、
側室の一人に男児が生まれたそうです。
陛下の関心は今、
その子にあるのですよ」
魔女が不快そうに眉を寄せる。
姫が思案げに言った。
「王妃様はどうなさるでしょうか?」
王子は首を横に振る。
「母――王妃は
政治的な駆け引きには疎い方です。
彼女ひとりが何を言おうと
大きな影響はないでしょう。
むしろ――」
王子は表情を険しくする。
「――彼女の立場を利用しようと
近付いてくる輩が問題です。
王妃の母としての情を最大限に利用し、
私の王位継承権の放棄を反故にする、
そういう者たちが動く前に
私たちは立場を確定させねばなりません。
これは時間との戦いです」
姫と魔女は表情を改め
王子にうなずきを返した。
王子は言葉を続ける。
「明日、
王宮を出ます。
幸い今の私たちは
『高潔』な英雄です。
皆がその言葉に酔っているうちに、
儀式も宴もすべて
『鎮魂』の名目で拒否し、
厳かに、
大々的に、
都を離れます。
救世の英雄は俗世を離れたと
人々に周知できれば――」
王子は確かな勝算を携えて
二人を見渡した。
「――私たちの、勝ちです」




