凱旋
天を覆う暗雲が消え去り、
世界は悪魔の討滅が成ったと知る。
人々は歓喜の涙を流し
若き英雄を讃えた。
――見ろ、太陽の王子のあの凛々しいお姿を!
――月の姫の美しさと言ったら、まさに夜空に浮かぶ満月のよう
――星の魔女の知的な横顔を見たか? さすが勇者の導き手さ
誰もが判を押したように
惜しみない称賛を三人に向ける。
彼らのことを何も知らない
美辞麗句が宙を舞った。
――救世の英雄、万歳!
人々の声援に笑顔で手を振り
三人は早足で歩いた。
悪魔討滅の旅を逆に辿り
三人は南へと向かう。
山脈を越え
大河を渡り
魔女の庵を過ぎて
三人は姫の故郷へとたどり着いた。
自らの国の姫が悪魔を滅ぼしたと
国民は熱狂を以て姫を迎える。
――月の姫は我らの誇り
――聡明で美しい、この国の精神そのものだわ!
沿道を埋め尽くす陶酔をかきわけ
三人は王に謁見した。
「おお、おお、
よくぞ使命を果たし
無事に戻った。
お前の正義と献身を
心より嬉しく思うぞ」
王は異例なことに
玉座を自ら降り、
傅く姫の傍に寄って
その手を取った。
王の眼に
光るものが滲む。
強く手を握り
何度もうなずく父王に
姫はあいまいに微笑む。
「我が娘、
我が誇りよ!
どうか父に
お前の献身に報いる術を
与えておくれ。
望みのあらば
今ここで叶えよう」
父、という言葉を強調する王に
姫は慈愛の目を向けた。
「いいえ、父上様。
私は王族に連なる者として
当然の義務を果たしたまで。
そのお言葉だけで
充分でございます」
おお、と
廷臣から感嘆のざわめきが上がる。
王は強く首を横に振った。
「それでは父の気が済まぬ!
世界を救った英雄に
この父ができることなど
知れていようが、
それでも何か
できる限りのことを
させてほしいのだ」
姫は困ったように首を傾げる。
しばしの沈黙の後、
では、と姫は告げた。
「許されるならどうか、
太陽の王子に添い
この国を出たく存じます」
後ろに控えた王子が
一瞬だけ驚きを浮かべ
すぐ無表情に戻る。
王は驚きに目を見開き、
王子と姫を交互に見ると、
「……そうか」
何かを納得するようにうなずいた。
「……愛する娘を手放すは苦しい。
なれど、
救世の英雄たる二人が結ばれるなら
これほど嬉しいことはない!
神よ、
どうか二人の未来に
永遠の祝福を!」
廷臣たちが一斉に
救国の英雄と
神と
王国を讃える。
王の瞳の奥に深い安堵を見て取り、
姫は美しく微笑んだ。
「心臓止まるかと思ったわ」
国を挙げての盛大な見送りを背に
撒かれた花びらの美しさだけを持って
三人は姫の故郷を後にする。
街道沿いでも
おそらくは動員されたであろう村人たちが
歓声で迎えてくれる。
三人は人の列が途切れた隙に
街道から脇道に入り、
今は使われていない
猟師小屋に身を寄せていた。
魔女の非難の視線に
姫は少しだけ身を縮める。
「ごめんなさい」
魔女に謝り、
姫は王子に身体を向け、
深く頭を下げた。
「申し訳ありません。
利用する形になってしまって」
「構いません」
王子は微笑んで首を振ると、
真剣な表情で姫に問う。
「本当に
よろしいのですか?」
姫は迷いなくうなずいた。
「はい。
もうこの国に
私は必要ありませんから」
王子はわずかに目を伏せる。
魔女は姫の横顔を見つめ、
「生意気!」
姫の髪をくしゃくしゃに乱した。
思いもよらぬ奇襲に
姫が悲鳴を上げる。
「ど、どうしてです!?」
ガハハ、と芝居がかった声で
魔女はさらに姫の髪を掻き乱す。
姫は思わず吹き出し、
やめてと言いながら笑った。
二人の笑い声が
狭い猟師小屋に響いた。
「私も」
狂騒が収まり、
王子はぽつりと言った。
「似たようなことを考えていました」
魔女が不思議そうな顔で
王子を見る。
「似たようなこと?」
王子はうなずきを返した。
「故郷に戻ったら
王位継承権を放棄し、
隠棲する許しを
もらおうと」
「王子をやめるってこと!?」
魔女が驚きの声を上げる。
王子は少し
悪戯っぽい表情を浮かべた。
「世界を救ったのです。
これからは自分のためだけに生きても
怒られはしないでしょう?」
それに、と
王子は床に目を落とす。
「私の存在は
国を乱す原因になるでしょう。
私を担ぎ
政治の実権を狙おうとする者たちが
いくらでもいる。
悪魔を滅ぼし
ようやく得た平和を
人の手で乱すわけにはいかない」
王子は口を閉ざし、
ぽつんと沈黙が降る。
姫は王子の横顔をじっと見ていた。
魔女は何かを言いかけ、
口を閉じ、
息を吸って、
わざとらしい挑発の口調で言った。
「隠棲なんて簡単に言うけど、
どうやって暮らしていくつもり?
家も服も食べ物も
自分でどうにかしなきゃならないのよ?」
姫は魔女に顔を向け
当たり前のように言った。
「それは
あなたがどうにかしてくださるでしょう?」
は? と魔女は甲高い声を上げる。
「どうして私が一緒に行くことになってるの!?」
「来ないのですか?」
王子が目を丸くして魔女を見る。
その目を見つめ返し、
たじろぎ、
小さくうめいて、
魔女は聞き取れるかどうかという
小さな声で答えた。
「……行く」
「ほら」
姫が笑う。
魔女は釈然としない表情を浮かべ、
姫の頭に手を伸ばした。
「生意気!」
「だからどうして!?」
再びじゃれあう二人の様子に
王子は肩を震わせて笑った。




