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悪魔は囁く

「終わった、のですね」


 どこか夢を見るように

 姫がつぶやく。

 光が差し込むのに気づき

 魔女が窓に駆け寄った。

 厚く覆っていた黒雲が晴れ

 澄んだ空が広がる。

 魔女ははっきりと答えた。


「ええ、

 終わった」


 王子は悪魔だった灰の塊を一瞥し、

 二人に呼びかける。


「帰りましょう」


 姫は柔らかく微笑み、


「はい」


 とうなずいた。

 王子と姫は

 王の間を出る。

 魔女が慌てて二人の後を

 追おうとしたとき、

 首筋にピリリと

 不穏な気配を感じる。


「……これは――」


 魔女は振り返り

 部屋を見渡す。

 戦いの後の

 沈黙と静寂。

 紅炎に焼かれた絶望が

 灰となって床に積もる。

 残骸に過ぎぬはずの

 その灰を

 魔女はじっと見つめた。


――パサ


 灰の山が

 崩れる音が聞こえる。

 魔女は早足で崩れた灰に近付き

 塊に手を突っ込んだ。

 それは

 美しい少年の姿をした

 悪魔の残骸――のはずのもの。

 灰の中で魔女は手を握る。

 不快な感触が

 伝わった。


「ま、まてまて、

 待って!

 落ち着いて!」


 焦りを滲ませた声が

 魔女の耳に届く。

 手を握ったまま

 魔女が灰から手を引き抜くと、

 手の中には濃い闇が

 球状にわだかまっていた。


「まさか――悪魔!?」

「力を込めないで!

 潰れる!

 潰れちゃう!」


 悲鳴のような哀れな声に

 魔女は思わず手を開いた。

 ふよふよと宙に浮き

 悪魔は安堵したように

 身体を膨らませる。


「いやぁ、

 まさか見つかっちゃうとはね。

 星の魔女を甘く見ていたよ。

 参った」


 魔女は険しい顔で悪魔を見つめ、

 今度は両手で圧殺するように握る。

 悪魔は再び慌てた声を上げた。


「だから待ってって!

 お願いだから話を聞いて!」

「悪魔の話を聞く謂れはない!」

「今の僕は力を完全に失った

 だたの出涸らしだ!

 君なら見れば分かるだろ?

 君がひと息吹きかければ

 千切れて消える程度のものだよ!

 だけど僕の話は

 君にとって価値がある!

 僕の話を

 君は絶対に聞くべきだ!」


 魔女は形の良い眉を寄せる。


「価値のある話?」


 興味を示した魔女を見て、

 悪魔は畳みかけるようにまくしたてた。


「そう、価値のある話。

 君は知っているはずだよ?

 語られなかった予言の続きを」


 魔女はわずかに目を見開き、

 手を開く。

 悪魔は安堵したように

 身体を揺らした。


「悪魔を滅ぼして後、

 太陽は沈み、

 月は光を失う。

 陽光を求めて星は流れ、

 世界は闇に包まれるだろう」


 悪魔は歌うように予言を口ずさむ。

 魔女は悪魔をにらんだ。


「予言が成就すると?」

「前半が真実となったんだ。

 後半だけが外れるなんてないだろう?」


 魔女が口を閉ざし、

 悪魔の饒舌さが増す。


「予言の通りなら

 王子も姫も、

 君自身も、

 命を失うか

 それに近い状態を迎える。

 でもそんなの嫌だろう?

 だったら、

 運命を捻じ曲げる力が

 必要だ。

 違うかい?」


 魔女は冷酷に

 悪魔を見据える。


「だからお前を生かせと?」

「さすが!

 話が早い!」


 下らないと言わんばかりに

 魔女は鼻を鳴らした。


「そんな口車に

 誰が乗るものか」

「嘘だとはっきり分かれば

 そのときに僕を握りつぶせばいい。

 でもそれは今じゃなくていいはずだ。

 この先、

 君たちにどんな運命が待ち受けているか

 分からないだろう?

 手札は多ければ多いほどいい。

 僕はノーリスクでメリットの大きい

 便利な札だよ?」


 魔女は不信の態度を崩さない。

 悪魔は大きく息を吸い

 丸い身体を膨らませた。


「誤解があるようだから言うけど、

 僕は闇雲に世界を破滅させる『悪魔』じゃあない。

 世界を呪う絶望を集積したから

 世界を滅ぼそうとしたけど

 別のものを集めたら

 結果は変わるのさ。

 僕の本質は

 願いに応える装置だ」

「願いに、応える――」


 魔女がぽつりと繰り返す。

 悪魔は大きくうなずくように

 上下に揺れた。


「いざというとき、

 僕がその場にいれば

 君の美しい願いに

 僕は応えるだろう。

 悪くない話じゃないか?

 君にとっても、

 王子と姫にとっても」


 魔女の顔に

 わずかな逡巡が浮かぶ。

 悪魔は沈黙し、

 魔女の返答を待った。

 魔女は大きく息を吸い、

 悪魔をにらみつける。


「おかしなマネをしたら

 すぐに潰してやる」

「交渉成立、だね?」


 悪魔は嬉しそうに答え、

 魔女の服のポケットに

 飛び込んだ。


「どうかしましたか?」


 一度部屋を出た姫が

 魔女を案じたか

 扉に手を掛け

 部屋を覗き込んで

 声を掛けてくる。

 ハッと顔を上げ、


「ごめん!

 すぐ行く!」


 魔女は小走りに

 姫の許に向かった。


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