悪魔
雨が止み
三人は廃教会を出る。
吹く風の冷たさが
雪の季節の到来を
予言していた。
三人は人里を迂回し
さらに北を目指す。
初雪が降るころ
はるか天を衝く山の麓に
石造りの城が姿を現す。
生きる者のない
くすみ澱んだ灰色の城が
悪魔の居城だった。
三人が門の前に立つと
軋んだ音を立てて
招くように門が開く。
三人は互いにうなずき合い、
悪魔の城に足を踏み入れた。
「ようこそ、
我が城へ」
王の間に
悪魔は座っていた。
玉座に頬杖をつき、
侮るように
面白そうに
王子たちを見据える。
その姿は
穢れない少年のようで、
しかしその瞳は
世界の全ての価値を否定していた。
「『救世の英雄』としての旅は
お楽しみいただけたかな?」
王子はすらりと腰の剣を抜き、
「英雄になるために
ここに来たのではないよ」
王子の剣が紅炎を帯びる。
「では、
何のために?」
美しい少年の顔を歪め
悪魔は問う。
姫は表情を変えることなく答えた。
「役割を終えるために」
悪魔はくすくすと嗤う。
「太陽と月の聖痕を受けた、
その使命を果たそうと言うのだね?
見たこともない
神やら運命やらに押し付けられたものを
律儀に果たそうだなんて
なんと健気なことだ」
いささか芝居めいた悪魔の言葉に
姫は首を横に振った。
「役割を終え
自分に戻るためよ」
悪魔は意外そうに
目を見開く。
「怜悧な月の姫の言葉とは思えない」
魔女はねじくれた杖で
トン、と床を打った。
「私たちの『これから』に
あなたは邪魔なの。
だから滅ぼす。
神も運命も
関係ないわ」
悪魔は魔女に顔を向け、
楽しそうに嗤った。
「大義も正義も
もはや不要か。
でもね、
英雄殿」
悪魔の輪郭が揺らぎ
形を変える。
「それは悪手だよ。
個人のエゴで
僕を滅ぼすことはできない」
悪魔は清廉な騎士の姿を取った。
「だって僕は
『世界の総意』だから」
王子は眉を顰める。
悪魔は種明かしのように
嬉しそうに語った。
「この世界は
いつも誰かが
誰かの破滅を望んでいる。
他人が幸せになることを許さない。
自分だけが惨めだと
認められない。
誰もがそうさ。
例外はない」
悪魔は自らを指さした。
「この騎士の姿の『彼』は
かつてどこかの王国に仕えた
誇り高い男のものだ。
能く国に仕え
誰よりも武功を立て
最期は王に裏切られて死んだ。
彼は王と国の全ての人々を呪いながら
死んだ」
悪魔の輪郭が再び揺らぎ
美しい女性の姿に変わる。
「『彼女』はどこかの国の側室。
かつては王の寵愛を独占しながら、
年齢を重ねて見向きもされなくなった。
彼女は新たな寵姫を呪って
毒杯をあおった」
悪魔は次々と姿を変える。
豪商は財産を狙う家族を呪い、
職人は才能を認めぬ師を呪い、
青年は想いを受け入れぬ女を呪い、
娘は鏡に映る自らの姿に両親を呪い、
老人は団らんの声に独り隣家を呪い、
幼児は恵まれた友人を呪う。
最後に悪魔は
最初に姿を見せた
美しい少年の姿に戻った。
「この『少年』は僕のお気に入りさ。
彼は両親に売られ
貴族の奥様に『人形』として買われた
奴隷だった。
奥様の前では
動くことも
しゃべることも許されない。
着せ替え人形として弄ばれ
身体が大きくなると
可愛くないと捨てられた。
彼は本当に、
貴族の奥様も、
使用人も、
両親も自分も、
この世の全てを呪って死んだんだ」
美しい少年の顔で
悪魔は美しく微笑む。
「分かるかい?
この世の全ての人間は
誰かから破滅を望まれているんだ。
僕は人々の願いを叶えるための
装置に過ぎない。
人々の願いが美しいものであったなら
僕は世界を花で満たしたかもしれない。
でも実際はそうじゃなかった。
世界の総意として
僕は人の世界を滅ぼすのさ。
世界を呪った人々が慰められるよう
できるだけ滑稽にね」
透徹した絶望で
悪魔は三人を見る。
王子は表情を変えず
剣の炎がかすかに揺らめく。
「境遇に苦しむ心も、
他者を呪ってしまう心も、
責めることはできまい」
けれど、と
姫は王子の言葉を継いだ。
「私たちは
あなたを裁きに来たわけでも
救いに来たわけでもない」
魔女は強く杖を振るった。
「言ったでしょう?
邪魔だから滅ぼす。
世界の悲嘆も痛苦も
私たちは背負わない」
驚きの表情で
悪魔は笑う。
「たった三人の『エゴ』が
世界の『総意』を
上回ると思っているのかい?」
王子はまっすぐに悪魔を見据え、
「私は思うよりずっと強欲らしい」
剣の切っ先を悪魔に向けた。
「苦しみも痛みも
すべて切り裂いて、
望む未来を手に入れて見せよう」
姫の身体が蒼い燐光を纏い、
魔女の杖に翠の光が集まる。
炎剣を携え、
王子は悪魔に向かって駆け出した。




