第6話
「うーん……」
唸るみたいに声を漏らしながら、私はスプーンの先でパフェの溶けかけたアイスをぐるぐるとかき回した。冷房の効いた店内なのに、なんだか頭の中だけが変に熱っぽい。さっきから亮平の話が理解できないというより、理解しようとすると脳みそが勝手に拒否してくる感じがする。
「わかった。信じろとまでは言わないから、少しだけ真面目に聞いて欲しい」
亮平はそう言って、まっすぐ私を見た。
……なんでそんな必死なん。
いや、別にいいよ?未来から来たでも宇宙人でも、本人がそう言い張るなら好きにしたらって感じだし。けど、問題はそこじゃない。
なんでこの人、そんなに真剣なの?
冗談を言ってる人特有のニヤニヤした感じが全然ない。むしろ逆だ。テーブル越しに私を見つめる目がやけに鋭いし変に切羽詰まってて、冗談だったら逆に怖いレベルだった。
そこまで本気っぽい顔をされると、こっちまで「もしかして……」って気分にさせられる。
……いや、ならないけど。
ならないんだけど、でも少しくらい話を聞いてやってもいいかな、という気持ちにはなっていた。減るもんでもないし。どうせ途中でボロが出るだろうし。
それにしても、亮平ってこんなタイプだったっけ。
昔から変なやつではあったけど、どっちかというと無口で達観してるというか、あんまり感情を表に出さないイメージだった。なのに今は、静かなのに妙な圧がある。言葉の一つ一つに、「絶対に伝えなきゃいけない」みたいな熱が混じっていて、それが逆に居心地悪かった。
「別に信じてもええけど、『未来』から来たって割には、なんも変わってないな」
私はできるだけ軽い口調でそう言って、ストロベリーソースのかかったアイスを口に運んだ。
だってそうでしょ。
未来人って言うなら、もっとこう何かあると思うじゃない。空飛ぶ車とか、透明なスマホとか、腕からビーム出るとか。なのに亮平は見た目もいつも通りだし、服装も普通だし、話し方だって特に変わったところはない。
むしろいつもより地味なくらいだ。
こんなの、どう考えても設定負けしてる。
私は内心、「さて、この冗談をどこまで引っ張るつもりなんだろ」と半分面白がりながら、次の言葉を待った。どうせそのうち、「なに本気にしとんねん」とか、「ちょっとしたノリやん」とか言い出すに決まってる。
そう思っていたのに。
「たしかに、肉体的な年齢はそうかもしれないけど、僕が来たのは50年後の未来だ。だから実際の僕の年齢は、65歳ってことになる。色々事情があって、正確にはもう少し歳が嵩んでいるのだが」
……。
うんうん、なるほど。
50年後から来ました。
現在の年齢は65歳です。
……って、は?
思考が数秒遅れて追いついた。
「今なんつった?」
思わず身を乗り出してしまった私に、亮平は「だから」とでも言いたげに瞬きをする。
いやいやいやいや。
待って待って待って。
未来人設定だけでもだいぶキツいのに、そこへさらに「65歳」が追加されるの?
情報量が多すぎて処理落ちしてるんだけど。
「ちょっと待って!」
「ん?」
「ん? じゃないよ!」
思わず声が大きくなって、店の奥で新聞を読んでいたおじさんがちらっとこっちを見た。私は慌てて会釈しながら、もう一度亮平へ向き直る。
50年後?
65歳??
なんなんそのワード。
もっとこう、あるじゃん。もう少し現実味ある嘘のつき方とか。せめて「5年後」とかなら、まだ頑張れば信じられたかもしれないのに。
なんでいきなり半世紀飛ぶの。
しかも65歳って。
どこをどう見ても高校生くらいじゃないか。
肌ピチピチだし、声若いし、普通に制服似合いそうな顔してるし。そんな人が「実年齢65です」とか言い出したら、もはやホラーなんよ。
「だから、本当のことなんだ」
亮平は呆れるでも怒るでもなく、ただ静かにそう繰り返した。
その態度がまた腹立つ。
冗談なら笑って崩れてくれた方がまだ安心できるのに、本人だけずっと真面目なのだ。
「あんたが65歳って?」
「そう」
「ハハ」
乾いた笑いが漏れた。
いや無理無理。
それを信じろっていう方が無茶でしょ。
未来から来たって話だけでも十分ぶっ飛んでるのに、「50年後」なんて単語まで飛び出してきたせいで、逆に現実感がなくなってくる。
なのに亮平の話し方には妙な具体性があった。
“肉体的な年齢”。
“実際の年齢”。
“事情があって”。
変に細かい言い回しをするから、作り話にしては妙にリアルなのだ。
だから困る。
全部デタラメだって笑い飛ばしたいのに、どこかで「もし本当だったら?」って考えてしまう自分がいる。
たぶん、原因は私自身だ。
だって私も、夏だったはずの世界からいきなり雪の降るクリスマスイブへ放り込まれている。
そんな意味不明な体験をしたあとじゃ、「未来から来た」という言葉を、完全には否定できなかった。
「そりゃ、急にこの話を信じろなんてムリだろうけど、100歩譲って僕が50年後から来たっていうことは信じてくれ」
亮平は真剣そのものの顔でそう言ったけど、いやいや、そこを“100歩譲る”のがそもそも無理なんよ。100歩どころか、1歩目から崖なんだけど。
未来から来たっていうだけでも十分意味不明なのに、それが50年後って。半世紀だよ?私まだ17歳なんだけど。50年後とか、もう人生ほぼ終盤戦じゃないか。そんな遠い未来の話を、今ここで当たり前みたいにされても困る。
「せやったら、なんでわざわざ50年も先からここに来たん?」
私がそう聞くと、亮平は一瞬だけ言葉を止めた。
「……それは」
そのまま口を閉ざしてしまう。
あれ。
なんかまずいこと聞いた?
でも、未来から来たとか言い出したのそっちだしなぁ。
むしろ、ここからが本題じゃないの?どういう理由で来たのかとか、何をしに来たのかとか、そういう話になる流れじゃない?
私はストローでカフェオレをかき混ぜながら、亮平の顔をちらっと見た。けど彼は視線を落としたまま、何かを考え込んでいる。
……ふーん。
もしかして、そろそろ設定が苦しくなってきた?
まあ、無理もないけど。
こんな壮大なホラ話、長時間維持できる方が逆にすごい。
私は少しだけ意地悪な気分になって、さらに追撃をかけることにした。
「第一、あんたが65歳なわけないやん。そんな見た目で。65歳って言ったら結構なおじいちゃんやで」
亮平は苦笑いみたいに小さく肩をすくめた。
「まあ、そうなるよね」
いや、納得すな。
自分でもわかっとるんかい。
思わず心の中でツッコミを入れる。
冗談を言うのは別にいい。けど、どうせならもう少しリアリティを持たせてほしい。せめて30代とか40代とかさ。なんでよりによって65歳なの。
設定盛りすぎなんよ。
「とにかく、僕がここに来たのは未来を変えるためだ」
「へー」
私は気の抜けた返事をしながら、パフェの上に刺さっていたイチゴ味のポッキーをつまみ上げた。生クリームが少し指につきそうになって慌てて持ち替える。カフェオレをひと口飲んだあと、そのままポッキーを齧ると、表面のチョコレートの甘さと、中にぎっしり詰まった粒状のクルミの香ばしさが一気に口の中へ広がった。
「……うまいわ。このポッキー」
サクッ、という軽い音がやけに心地いい。
さっきから意味不明な話ばっかり聞かされてるせいか、こういう普通の味にちょっと安心する。
けど、その安心感は次の一言で吹き飛んだ。
「キミを助けたいんだ……楓」
……うん?
楓?
私はポッキーを持ったまま固まった。
「うん、そう」
「私のこと?」
「そうだよ」
なにを当たり前みたいに言ってるんだ、この人。
助けたい?
誰を?
私を?
いやいや、待って。
なんか急に話の方向おかしくなってない?
未来を変えるとかいう時点でだいぶ危険な香りしてたけど、そこからさらに“私を助ける”ってワードが飛び出してくるとは思わなかった。
「キミから聞いた今の話、偶然じゃないと思うんだ。キミが『9月10日』にいたっていうのは、にわかには信じ難い。なぜならキミは、キミがいたという2014年9月10日に、死ぬ」
「……は?」
耳に入った言葉の意味が、一瞬理解できなかった。
死ぬ?
誰が?
私が?
いやいやいや。
ちょっと待って。
頭の中で理解が追いつく前に、亮平はそのまま話を続ける。
「それはある意味、“運命”に近いものだった。少なくとも、僕がいた未来では、『運命』が存在するかもしれないとする概念が提唱されていた。それまで一般的に使われていた精神論的な意味じゃなくて、一つの数学的概念として――」
「ちょ、ストップストップ!」
私は慌てて両手を前に出した。
「ん?」
「“ん?”やなくて! なに語り出してんの!?」
急に難しい授業始まったんだけど!?
数学的概念ってなに! 運命を数式にするとか意味わからんし、そもそも今そこじゃないから!
私が勢いよくツッコむと、亮平はハッとしたみたいに目を瞬かせた。
「……ああ、ごめん」
そう言って、申し訳なさそうに視線を落とす。
さっきまでの勢いが嘘みたいにシュンとしていて、なんか逆にこっちが悪いことした気分になる。亮平は冷めかけたコーヒーをゆっくり口に含んだ。カップを持つ指先が少しだけ震えている。
……なんなんだろう。
未来人とか65歳とか、言ってること全部めちゃくちゃなのに、その態度だけは妙にリアルだった。普通、こんなホラ話してるならもっと楽しそうにするはずなのに。亮平はずっと苦しそうだ。何かを間違えないように、一つずつ慎重に言葉を選んでいるみたいで、それが余計に変だった。
私は思わず、さっきの言葉を頭の中で反芻してしまう。
――2014年9月10日に、死ぬ。
嫌な響きだった。
まるで決まっている未来を読み上げるみたいな口調で、背筋がじわっと冷える。
そんなわけない。
だって私は今ここにいるし、普通に息してるし、パフェ食べてるし、今日だって本当なら学校終わったあと、キーちゃんたちと花火大会に行く予定だったんだから。
なのに、なぜか胸の奥だけが変にざわついていた。
たぶん、“死ぬ”って言葉そのものが怖かったんじゃない。
亮平の目だ。
あの目が、冗談を言っている人の目に見えなかったからだ。




