第5話
◇
オニオンズに戻ってから、私は今朝からずっと胸の奥につかえていたことを、ようやく亮平に打ち明けた。店の中にはコーヒーの匂いが漂っていて、カウンターの向こうではマスターが静かにグラスを磨いている。さっきまで騒がしく聞こえていたクリスマスソングも、今は妙に遠く感じた。
「……あんたが未来から来たって言うんなら、私だって言いたいことあんねん」
紙ナプキンを指先でくしゃっと丸めながらそう言うと、亮平はテーブル越しに「なに?」と短く返してきた。
「今日がクリスマスなんて、絶対あり得んってこと」
自分で口にしていても、やっぱり変な話だと思う。けど、変なのはどう考えても私の方じゃなくて、この世界の方だ。だって数時間前まで、私は半袖で家を出て、蝉の声を聞きながら学校に向かってたんだから。
信じてもらえるとは思ってない。むしろ、頭おかしくなったんちゃうかって顔をされる方が普通だと思う。でも亮平なら、別にどう思われてもいい気がした。なんでかはわからないけど、変に取り繕う気にもならなかった。
だから私は半分冗談みたいな口調で、自分の身に起きたことをそのまま話した。
「朝、普通に学校行こうとしとってん。スマホ忘れたことに気づいて、家戻ろうとして、それで……気づいたら家のベッドの上。しかも外めっちゃ雪降っとるし」
亮平は何も言わなかった。ただ、私の顔をじっと見ている。
「夢を見てる……ってこと?」
「たぶん。いや、そうとしか思えへんやん。だって時間ズレとるし、雪積もっとるし、テレビつけたらクリスマス特集やし。冬休みとか言われても、こっちはついさっきまで夏休み明けやったんやで?」
自分で話しているうちに、だんだん笑えてきた。あり得なさすぎて、逆に現実感がない。
「クリスマスイブて。はは……ほんま馬鹿みたいやろ」
窓の向こうでは、白い雪が静かに降り続いていた。見慣れてるはずの街並みが、別の場所みたいに見える。あの交差点で何が起きたのかをちゃんと思い出せないまま、私は今ここにいる。
「ま、どうせそのうち目ぇ覚めるやろ。寝不足かなんか知らんけど、変な夢見とるだけやって」
そう言って肩をすくめてみせたあと、私はふと亮平の顔を見た。
「……っていうか、これが夢なんやったら、あんたが未来から来たって話も、案外ほんまなんかもね」
ほとんど適当に言った言葉だった。深い意味なんてない。ただ今の私には、何が嘘で何が本当なのか、もうよくわからなくなっていた。「ここが夢や」なんて言葉にしてしまうと、自分でも相当ヤバいやつみたいに聞こえる。でも、今の状況を説明しようと思ったら、それ以外にうまく当てはまる言葉が見つからなかった。
だって本来なら、私は学校へ向かう途中だったんだ。半袖で蝉の声を聞きながら、眠たい目こすって駅まで歩いてた。それなのに気づけば、街には雪が積もっていて、テレビではクリスマスソングが流れている。そんなの夢だと思うしかないじゃないか。
さすがに亮平も引いてるやろな……と思って、そっと顔色を窺った。けど、予想とは違っていた。
亮平は笑わなかった。呆れた顔もしない。ただ静かに、何かを確かめるみたいな目で私を見ていた。
……おいおい、マジかよ。
逆にその反応の方が怖いんだけど。
「それで、キミが事故に遭ったっていうのは? 9月のいつ?」
「……え? ああ、今日は9月10日やで」
「9月10日……か」
亮平は小さく呟いて、視線を落とした。
……いや、ていうか。
さっきから気になってたけど、「キミ」ってなんなん?
今まで普通に名前で呼んでたやん。
急にそんな他人行儀みたいな呼び方されると、なんか変な感じするんだけど。
「何回も言うけど、今日が冬なんてことは絶対ないからな?」
念押しみたいに言ってみたけど、亮平はすぐには返事をしなかった。その横顔はやけに真面目で、まるで私の言葉を冗談じゃなく、本気で考えているみたいだった。
……ああ、なるほど。
たぶんアレだ。
私があまりにも意味不明なこと言うから、処理しきれずに固まってるんだ。
そりゃそうか。突然「今は夏のはずや」とか言い出したら、普通は頭おかしいと思うよね。
これはこれは、ご迷惑をおかけしております。
ちょうどそのタイミングで追加注文していたイチゴパフェが運ばれてきて、私は逃げるみたいにスプーンを手に取った。冷たいバニラアイスと甘ったるいイチゴソースを口に運びながら、じわじわと変な恥ずかしさが込み上げてくる。
……なんか、めっちゃ痛い子みたいじゃない?私。
できるだけ平然とした顔を装って窓の外へ視線を逸らしたけど、もうたぶん手遅れだった。さっきから亮平の前で、意味わからないことしか口にしていない気がする。
「それは多分……いや、きっと夢じゃないよ」
亮平は、まるで当たり前のことを口にするみたいな静かな声でそう言った。
……それはどうかな。
夢じゃないなら、じゃあ何だっていうの。
そう思いながら顔を上げた瞬間、私は思わず目を瞬かせた。
……っていうか、……え?
てっきり、「何わけわからんこと言っとんねん」とか、「寝ぼけすぎやろ」みたいに笑われると思っていたのに、亮平は冗談っぽく返してこなかった。茶化す様子もなくただ真面目な顔で、私の話をしっかり受け止めている。
その反応が予想外すぎて、危うく口の中のパフェを吹き出しそうになった。
「え……あ、うん」
慌てて飲み込んで咳払いをすると、亮平はそんな私の動揺なんて気にも留めず、間髪入れずに言葉を重ねてくる。
「他に何かわかることは?」
「他に……?」
聞き返したものの、そんなこと急に言われても困る。わかることって何。こっちだって頭の整理ついてないのに。
事故に遭ったこと。気づいたら冬になっていたこと。家族だけが普通に過ごしていたこと。スマホの日付。雪。クリスマス。思い返せば返すほど現実感がなくて、むしろ全部夢だったことにしてほしいくらいだ。
しばらく考え込んだけど、結局うまく答えが見つからなくて、私は逆に亮平へ問い返した。
「あんたはおかしいと思わへんわけ?」
「なにが?」
「なにがって、今の話が」
「別に」
「別にって(笑)。いや、本気で言ってる?」
「本気で言ってる」
「……」
言葉が詰まった。
あまりにも自然に返されて、逆にこっちが戸惑ってしまう。普通、もっと驚くところじゃない? だって私、自分でも意味わからんこと言ってる自覚あるんだけど。
亮平はテーブルに肘をついたまま、静かに私を見ていた。その目が妙に真剣で、ふざけているようには見えない。だから余計に困る。
なんというか……。
真面目に聞いてるフリして、内心めちゃくちゃ笑いこらえてるんじゃないかって疑いたくなるくらい、反応が落ち着きすぎていた。
そんな空気のまま、亮平はゆっくり口を開いた。
「キミの話を信じるから、僕の話も信じて欲しい」
「話、って?」
「未来から来たってこと」
……ああ、まだ言ってるよコイツ。
思わず遠い目になった。
いや、確かに私の話も大概おかしいよ? 夏だったはずなのに冬になってました、なんて、自分で言ってても意味不明だし。でも、“未来から来た”はそのさらに上を行っている気がする。
SF映画でももうちょい段階踏むでしょ。
信じてあげたい気持ちがゼロなわけじゃない。というか、今の自分の状況を考えると、頭ごなしに否定できないのが一番困る。
でもだからって、「はいそうですか」って受け入れるには、さすがに話が飛躍しすぎていた。




