六年前
サクセスは白い透明な石が入った箱を部屋にしまうと、エリサベスに説明する。
「いいか?これらの金は、領民たちが麦札と交換してくれと殺到しないかぎりは、ここに留まりつづける。それでも外部との取引用や領民との交換用にある程度は備蓄しておかなければならないので、領主が勝手に使えないんだ」
サクセスは淡々と説明した。
「あんまりよくわからないけど、わかったわ。どうせ私には必要ないものだし。全部サクセスに任せるわ」
自分に丸投げしてくるエリザベスに、サクセスはため息をつく。
「まったく。人を信じすぎるな。そんなのじゃ、魔法学園にいってからが思いやられるぞ」
「大丈夫よ。あなたも来てくれるんでしょ?」
そういって、信頼しきった目を向けてくる。
「……ゴールドマン商会の総帥としては、王国の貴族や大商人と交流できる機会を逃すわけにはいかない。不本意だが、従者としてついていかざるを得ないだろうな」
「もう。またそんなこと言っちゃって。可愛くないなぁ」
あくまで公人としての発言を繰り返すサクセスに、エリザベスは頬を膨らませる。
「昔からおもっていたけど、サクセスってほんと子供っぽくないよね。おじさんみたい」
「みたいじゃなくておじさんだ。俺は前世の日本じゃ銀行員だった。前世の年齢を加えたら、40歳を超える」
サクセスは遠い目をしてつぶやく。
「はいはい。それじゃサクセスおじさん。これからもよろしくね」
そう笑うエリザベスだった。
「魔法学園に行ったら、もっと厳しくなるぞ。王都は魔窟だ。田舎領主なんて及びもつかないほど腹黒い妖怪貴族や、魔紙ギルドの長どころじゃない金持ち商人もいる。いいか、簡単に人を信じるなよ。信じられるのは金だけだ」
「悪いけど、それには同意できないわ。私にはお金より信じられる人たちがいるもの」
そういってサクセスを見つめる。
(これだから放っておけないんだ。俺はいつまでお前の側にいられるかわからないんだぞ。ある日突然『俺』という人格が消えてもおかしくないんだ。そうなったらどうするんだ)
自分を信じて疑わないエリザベスの無邪気な顔を見ながら、サクセスは彼女に命を救われた時のことを思い出していた。
六年前 ヴァルハラ領
「うわぁぁぁん。やめてよう」
オレンジの髪の美しい幼女が泣きはらしている。彼女をいじめているのは、黒い髪の生意気そうな少年だった。
「ほらほら。ワームの幼虫だぞーー」
少年は、もこもこした幼虫をもってエリザベスを追い掛け回している。彼女の泣き顔を見て、楽しそうに笑った。
「なんだい。エリザベスは泣き虫だな」
「サクセスの意地悪!大っ嫌い」
そんな二人を見かねて、年上の少女が間に入った。
「いいかげんにしなさい!」
木刀を持った少女に怒られて、サクセスはふくれっ面になる。
「なんだよ。邪魔すんなよエレル姉さん」
「サクセス、まだ貴方にはわからないかもしれないけど、エリザベス様はこの領を継ぐ方ですよ。貴方とは身分が違うのです。敬意を払いなさい」
騎士見習いエレルは、エリザベスを抱きしめてかばう。そんな様子をみて、ますますサクセスは意地になった。
「なんだい。みんなエリサベスばかりちやほやして。ふんっ!」
そういってそっぽを向く。領の大人たちがみんなエリサベスに対して優しいので、彼はずっと嫉妬していた。
「今日はこれくらいにしてやる。次はもっといいものを持ってきてやるからな!」
サクセスは、捨て台詞を残して去っていった。
(今度は何をもっていこうかな。もっと気持ち悪い虫をもっていって、エリザベスを泣かしてやろう」
サクセスは、エリサベスに好意を持っているが素直になれない。なのでかまってもらうために嫌がらせをしているのだった。
次の日
「もう俺とは遊ばないって、どういうことだよ!」
顔を真っ赤にしてサクセスは文句を言う。おびえた顔したエリザベスを取り巻いているのは、領内の女の子たちだった。
「エリザベス様は、これから私たちとお勉強するの」
「卑しい金貸しなんかと遊ぶ暇なんかないもんねー」
シスター服をきた少女たちに馬鹿にされて、サクセスは怒る。
「なんだと!この貧乏人たちめ!」
「きゃあ!」
女の子たちに暴力を振るおうとするので、ついにエレルに怒られてしまう。
「いい加減にしなさい!この弱虫!」
木刀で殴られ、サクセスは涙目になった。
「僕が弱虫だって!馬鹿にするな!」
痛みを堪えてどなりあげる彼に、エレルは軽蔑の視線を向ける。
「女の子にしか威張れないって、弱虫じゃないですか!」
「言ったな!だったら僕の力を見せてやる!」
サクセスはそういうと、東のほうへ走っていく。
「待ちなさい。どこに行くつもりですか?」
「魔の森で魔物を狩れば、僕が弱虫じゃないってお前にもわかるだろ!」
エレルがとめるのも聞かず、森の中らは言っていってしまった。
魔の森
魔物となって巨大化した虫や獣が生息する危険地帯で、子供はもちろん大人でも熟練の兵士やハンター以外では立ち入り禁止になっている。
「えいっ!」
サクセスは持ってきた短剣で、スライムを一刀両断する。特に攻撃力もない最弱モンスターは、あっさり両断された。
「はははは、やっぱり僕は強いんだ」
調子にのってスライムを狩っていたら、いつしか次第に奥に入り込んでいく。
森の中は道が整備しておらず、まるで同じ風景が続いているようで迷いやすい。あっという間に自分の位置を見失ってしまった。
「くそ!ここはどこだ!」
気がつけば、出口を見失い、周囲には強いモンスターの気配が漂ってきている。
自分の力を見せてやると意気揚々と乗り込んだサクセスは、すぐに後悔することになってしまった。
「ぐすっ……やめときゃよかった。誰か、助けて!」
涙を流してわめいても、誰も助けてくれない。
そのとき、サクセスの周囲を白い影が取り囲んだ。
バサバサと不気味な音を立てて這い回っているのは、シルクワームという蚕のモンスターである。
「や、やばい!逃げないと!」
それを見たサクセスは、一目散に逃げ出そうとする。
しかし、シルクワームは一斉に丈夫な糸を吹きかけてくる。あっという間に糸に拘束されて、うこげなくなった。
「た、助けて!」
糸でできた繭に縛られたサクセスは悲鳴をあげる。そんな彼に、ゆっくりとシルクワームは近づいていった。
魔の森。
その木の根元に、一つの白い糸で覆われた繭がある。
サクセスはその中で、恐怖に震えていた。
(僕はどうなるんだろう)
背中には何かやわらかい物が触れているという違和感を感じる。どうやら、繭の中にはシルクワームが一緒入っているようだった。
(えっと……シルクワームってどんな魔物だったっけ)
サクセスは、必死に授業で習ったことを思い出してみる。
(たしか、シルクワームってあの変態する魔物だったんじゃ?)
シルクワームは、卵から生まれて幼虫から成虫になるまでほとんど姿が変わらず一生を過ごすが、ある条件が満たされた場合のみ変態することがある。
それは、成虫になるときに作る繭の中に、食べる獲物を取り込んだ場合である。
(たしか、繭の中で獲物をゆっくり食べて吸収した場合には、蛾の魔虫バンパイヤバタフライになるんじゃ?)
そのことを思い出して恐怖する。
(い、嫌だ。生きたまま食べられるなんていやだ。あっ)
その時、背中に針がさされ、麻酔液が注入される。サクセスの意識はゆっくりと闇に沈んでいく。
いつの間にか、サクセスは夢の中である一人の男になっていた。




