ヴァルハラ領の金
「よし。麦や商品を馬車に積み込んだら、すぐにアーカス領に逃げるぞ」
オールドの命令により、速やかに撤収作業が行われる。荷物を半分ほど積み込んだとき、領主の館から兵士たちがやってきた。
「全員!そのまま動くな!偽札使用の罪により逮捕する!」
ガラハットの命令により、商人たちはあっという間に取り押さえられてしまった。
「偽札だと!言いがかりだ!」
そう吼えるオールドの前に、冷たい顔をしたメガネの少年が現れる。ヴァルハラ家の家宰、サクセス・ゴールドマンだった。
「やれやれ。本当にこっちが懸念していたことをやってくるんだからな。人間のやることってどこの世界も変わらないってわけか」
サクセスはため息をつきながら、100ライ紙幣を取り出す。
「これは、お前たちが使った紙幣だな」
「そうだ。それの何が悪い。麦札はいつでも麦や商品と交換できるはずだ!」
そう開き直るオールドの前で、サクセスは筒のようなものを取り出す。
「これは、エリザベスの光魔法を『付与』したチェックペンだ。これで麦札の真偽を判定している」
筒の先端を麦札の中央にある余白部分に向ける。しかし、何もおこらなかった。
「どうした?何もないではないか」
それを見たオールドがせせら笑う。
「何もないからこれは偽札なんだよ。よくみていろ。これが本物の麦札だ」
サクセスは、ポケットから別の麦札を取り出して、先ほどと同じように余白部分に筒の先端を向ける。
すると、ヴァルハラ家の印璽が浮かび上がってきた。
「ば、ばかな!なんだこれは!」
「偽造防止の魔法だ」
サクセスは魔法といってごまかすが、それは嘘で本当は特殊な光―紫外線に当てないと見えない塗料、いわゆるブラックライトを使って押印したのだった。
地球でも、紙幣には偽札防止で紫外線不可視印刷が使われたものがある。
さらに、追加の偽札防止として札の右隅に透かしを、左隅に目通し穴をいれている。
『貴公紙』自体がここでしか作れない上に防止策まで施しているので、偽札を作ることは事実上不可能であった。
「貴様たち、この領では偽札は重罪だぞ!犯罪者として収監する。麦や品物も没収だ!」
偽札を広めたオールドとその部下の商人たちは、犯罪者としてヴァルハラ領に逮捕される。自由の身になるために多額の保釈金を払わなければならなくなり、ついに破産してしまうのだった。
そして、偽札を作るために多額の投資をしたアーカス領でも危機が迫る。
オールドたちが大量の麦と商品を持って戻ってくるのを待っていた子爵は、なかなか戻ってこないことに苛立ちを隠せなかった。
「もう二ヶ月にもなるぞ。なぜやつらは戻ってこない!」
そんな彼の元に、オールドと彼の配下の商人たちがヴァルハラ領に捕らえられたという知らせが来た。
「なんだと!役たたずめ!」
青筋を立てて怒鳴りあげるが、怒っても問題は解決しない。
どうしていいかわからないでいると、寄親であるアシュラ辺境伯が武装した兵士たちを連れてやってきた。
「ワシが用立てた『貴公紙』の代金を払ってもらおう」
寄り親のアシュラ辺境伯に睨み付けられたアーカス子爵は、返答に詰まる。
「も、もう少しお待ちください。あと少しで用意できますので」
「ならん。返済期限は二ヶ月だといったはずだ」
冷たく切り捨てられ、子爵は震える。
「そ、そうだ。ヴァルハラ領でつかえる『麦札』というものがあります。代金はこれで支払うということで……」
偽造した麦札を差し出すが、伯爵は相手にしなかった。
「なんだこの紙切れは。ワシが用立てた『貴公紙』をこんなゴミに使ったのか。もう勘弁ならん。ひったてい!」
辺境伯は獰猛な兵士に命令して、屋敷を接収する。子爵の家族もすべて捕らえられた。
「約束どおり、アーカス領を併合させてもらおう。せめてもの情けだ。貴様たちはワシの部下として使ってやる」
こうして、アーカス子爵家は滅亡してしまうのだった。
麦札を導入して以降、ヴァルハラ領の景気は上向いていた。
地主による他領への麦の横流しが無くなり、麦の販売はゴールドマン商会が一元管理することにより領内での麦不足が解消され、領民たちは飢えることなく平穏に暮らせている。
さらに王都から商人が品物を持ちこむことにより、少しずつ領民たちの間にも娯楽品や日用品がいきわたるようになりつつある。
そして「麦札」を導入したことにより領民たちの間にも商取引が浸透し、麦だけではなく何か売れるものはないかと知恵を絞るようになってきた。
そんなある日、エリザベスはチャコを抱きかかえて悩んでいた。
「うーん。なんなのかしら?」
「にゃあ」
チャコは相変わらずエリサベスに懐いている様子で、スリスリと頭をこすりつけてくる。
「何かあったのか?」
「いや、たいしたことじゃないんだけど。チャコちゃん、ウ○コいつしているのかなって思って」
チャコのお尻を見ながら首をかしげている。
「え?どういうことだ?」
「この一ヶ月、ウ○コする所を見たことがないのよ。ご飯はちゃんと食べているんだけどね」
そういいながら石炭をあげると、チャコは喜んで食べていた。
「どれどれ。『鑑定』。うん。まったく問題ないな。外でしているんだろう」
メガネで鑑定してみると、『健康』という診断結果が出た。
二人が見守っていると、石炭を食べ終えたチャコは踏ん張りだす。
「おっ?やるのか?」
「ち、ちょっと待ってよ。ここじゃだめ!」
エリサベスが慌てていると、チャコのお尻から透き通った白い石が出てきた。
「え?ウ○コじゃない。なにこれ?」
石を拾い上げてみると、ひんやりと冷たい感じがする。
「この世界のことはだいぶ慣れたつもりだけど、変な生き物が多いよなぁ。尻から石を出す猫がいるなんて。『鑑定』」
白い石をメガネでみたサクセスは、ニヤリと笑った。
「なるほど。確かにその石は石炭の成れの果てではあるよな」
「え?これって石炭なの?」
エリサベスは白い石をマジマジと見つめる。黒い石炭とは似ても似つかなかった。
「まあいい。宝石としては研磨しないと価値がないから売るのに時間がかかるけど、いろいろ利用できそうだ。ちょうどいい。お前もついてこい」
白い石を箱にしまい、エリサベスをつれて地下にいく。
「わ、私をこんな薄暗い地下にひっぱりこんで、どうする気?も、もしかして、ついに私を……。あ、あの、サクセス。痛くしないでね。できれば優しくしてほしいんだけど……」
顔を真っ赤にして騒ぐエリサベスを放っておいて、サクセスは地下の重厚そうな鉄の扉を開ける。
たいまつに照らされた部屋の中を見て、エリザベスは驚いた声を上げた。
「えっ?お金がいっぱい」
中には、キラキラと輝く金貨や銀貨が山のように積まれていた。
「なんだ。うちにはこんなにお金があったじゃない」
そう喜ぶエリザベスの脳天に、チョップが振り下ろされる。
「いたっ!」
「勘違いするな。これはお前のものじゃない」
冷たく告げるサクセスに、エリザベスの頬が膨らむ。
「はいはい。どうせそうだと思っていたわよ。あなたのお金でしょ」
「違う。これは正確には『ヴァルハラ領』の金だ。本来、民の間で流通すべき金がここにあるに過ぎない」
紙や麦を商人に売ることで、王都から『硬貨』がもたらされた。これらは本来は『通貨』として領内に流通すべきものだったが、その代わりに麦札を発行することで、領主のもとへ集まってきたのだった。
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