偽札
アーカス子爵領
欲深そうな顔をした子爵の前に、オールドは平伏していた。
「子爵閣下におかれましては、ご機嫌うるわしく……」
「挨拶はよい。それで、ヴァルハラ領を手に入れる方法とは何だ」そう聞いてくる子爵の前に、オールドは三枚の麦札を差し出した。
「閣下はこれをご存知でございますか?」
「知っておる。ヴァルハラ家が発行しておる麦の引換券だ。ふん。最近ではわが領の商人どもにまで広まりつつある。どうせあのゴールドマンとかいう小ざかしい小僧がやりだしたことであろう。迷惑な話だ」
ゴールドマン商会では、いつでも麦札を麦に換えることができる。つまり、手元の倉庫に現物の麦を保管しておくより、麦札に換えておくほうが管理の手間が省けるのである。
それを知った目端の利く一部のアーカス領の商人たちは、自発的に所有する麦をゴールドマン商会に預けている。その結果、どんどん麦がアーカス領から流出していた。
「やつらの行いは、卑劣そのもの。しかし、決定的な欠陥がございます」
「欠陥だと?」
「はっ。それは……」
オールドが耳打ちすると、子爵の顔が輝いた。
「それはよい。婚姻などという手を使うより、はるかに簡単にヴァルハラ領を支配できる」
「子爵の許可さえいただければ、すぐにでも手配させていただきます」
オールドが自信満々に言うので、子爵はこの話に乗ることにした。
「よかろう。必要な『貴公紙』はワシが取り寄せよう。貴様はさっそく取り掛かれ」
こうして、二人によるヴァルハラ領侵略作戦が開始されたのだった。
王都
アーカス子爵が所属する派閥の長、いわゆる寄り親であるアシュラ辺境伯のもとに、一通の手紙が届いた。
「なんだと?『貴公紙』を千枚ほど用立ててほしいだと?その費用は必ず払うので、立替て払ってもらいたいだと?ワシを馬鹿にしておるのか!」
辺境伯は自慢のカイゼル髭を歪める。
「あんな田舎者に、王や上級貴族用の紙などもったいない。しかも金も払わずにな。どうせ見栄を張るためだろう。相手にせんでよい」
辺境伯は無視を決め込む。しかし、同じ頼みごとの手紙が立て続けに届いた。
「しつこいのぅ。『費用は必ず払います。もし払えない場合、わがアーカス領を召し上げられてもかまいません』だと?そこまでいうならよかろう。ただし、期限は二ヶ月じゃ。それを過ぎても費用が支払えない場合、覚悟せよ!」
こうして、かなりの費用を負担して『貴公紙』をアーカス領まで送る。
そこには、王都で集められた絵描きがそろっていた。
「ぐふふ。これで準備がととのったのぅ」
「はっ。さっそく取り掛かります」
オールドは、絵描きに100ライの麦札を差し出す。
「よいか?これと同じものを模写するのだ」
「は、はい。『転写』」
絵描きたちは、目に見えるものを絵に描ける魔法を使い、どんどん偽札をつくっていく。
「ぐふふ。100ライ札が1000枚ということは、10万ライもの麦をヴァルハラ領から搾取できるのだ。王都でそれを売り払えば、今回かかった費用を払っても大幅に儲けることができる。これで我が家の借金も完済だ!」
そう悦に入るアーカス子爵だった。
ヴァルハラ領
大量の麦札を持った男たちがやってくる。彼らはオールドの息がかかった商人たちだった。
「いいか。とにかく素早く麦札を交換して、アーカス領に撤収するぞ。麦だけじゃなくて、王都から届いた品物などもできるだけ回収するのだ」
オールドが指揮して、部下たちに商店を回らせる。
「えっ?こんなに買ってくれるんですか?」
「ああ。あるだけ持ってこい。麦札はいくらでもあるんだ」
部下たちは気前よく麦札をばら撒き、ありったけの商品を購入していく。彼らが滞在する宿には、瞬く間に大量の麦や商品が集まった。
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