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借金聖女と腹黒御用商人  作者: 大沢 雅紀
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狙われる領土

技術村には、アーカス子爵が視察にやってきていた。案内するのは、御用商人のサクセスと護衛騎士ガラハットである。

「こちらで領内のさまざまな日用品を作っております」

村の中に入った子爵は、不機嫌そうにつぶやく。

「なぜ誰も働いておらんのだ」

村は巨大な水車が何台も回っているが、外で働いている者は一人もいなかった。

「今日は雪が降っているので、中で作業しております」

そういわれて家の中に入った子爵は驚く。今は冬なのに、室内はまるで貴族の部屋のように暖かかったからである。

部屋の中央には鉄製の筒が置かれており、その中では炎が燃えている。村民たちはその周りに集まり、談笑しながら作業をしていた。

「あれは何だ?薪がない暖炉のようだが」

「石炭ストーブというものです。暖炉の代わりになるものです。薪に比べて少量の燃料で暖かくなります」

そういわれて、子爵は興味を持った。

「なるほど……くくく。これを手に入れれば売れるかもしれん」

そうつぶやくと、サクセスに聞いた。

「それで、かまど税はいかほど徴収しているのだ」

「かまど税?」

サクセスは首をかしげる。

「そうじゃ。わが領では一戸につき金貨7枚を徴収しておる。わが所有物の山林から薪を取るのだから当然であろう?」

子爵はぐふふと邪悪に笑う。かまど税とは中世ヨーロッパで行われた一種の固定資産税である。かまどの数や質が貧富の差を示す指標にされており、設置すればするほど税金を取り立てられた。

「わが領ではかまど税は徴収しておりません」

それを聞いて、子爵は不機嫌になる。

「無料でかまどを使わせるとは!そんな贅沢を民に許しておるのか!」

「贅沢ではありません。効率よく働かせるには、暖かい部屋が必要なのです」

サクセスはそう説明するが、子爵は納得しなかった。

「手ぬるい。民は甘やかすとつけあがるぞ。民など鞭で痛めつければ、いくらでも働くものなのだ」

子爵はそういうと。独り言をつぶやく。

「まあよい。くくく、ここは相当豊かなのであろうな。息子を通じて手に入れれば、われわれが抱える借金も」

「借金?」

サクセスが冷たい顔をして聞き返すと、子爵は慌てた。

「な、なんでもないぞ。しかし、お前たちは相当手ぬるい領地経営をしているようだな。息子が領主になったら、しっかりと教育してやるからありがたく思うがいい」

子爵は太った腹を突き出して威張るのだった。


さんざんただで飲み食いをした後、アーカス子爵とフロッグはようやく帰途についた。

「ぐふふ……考える時間をやろう。一ヵ月後にまた来るので、息子の受け入れの準備をして待っておれ」

そう言って豪華な馬車にのって去っていく。彼らの姿が見えなくなると、サクセスたちはやれやれといった顔になった。

「まったく!なんなのよ!一方的に婚約者だなんて!」

エリザベスはフロッグに散々粘着されてトラウマになったのか、嫌そうに震えている。

「あんなのがご主人様になるなんて、認められません。私の大切なエリザベス様が可愛そうです」

エレルはエリサベスを抱きしめて怒っている。

「スネークバード平原にいる元難民に聞いたことがあるが、やつらは強欲で収穫の七割は持っていくそうだぜ。だから逃げ出してこの領に逃げてきたやつも多くいるみたいだ。嘘かとおもってたけど、あの態度だと事実みたいだな」

ガラハットも民のことをまったく考えない彼らを受け入れられないようだった。

「……アーカス領は隣の領地で王都への街道が通っている。そことつながれば領が豊かになり、エリザベスも幸せになれるかもしれないと思ったんだが……」

「ちょっと!サクセスはあんな奴と私を結婚させるつもりなの!」

エリザベスは憤慨して、サクセスをポカポカとたたく。

「おちつけって。さすがにアレはない。民から搾取する気満々だし、借金もあるみたいだしな。婚姻を結んで合併でもしてみろ。ヴァルハラ領は滅茶苦茶になるぞ」

その光景を想像して、エリザベスたちは恐怖に震える。

「ゴールドマン商会としては、金と技術を持って王都に逃げればそれですむかもしれないが」

「やだ!見捨てないで!」

エリザベスはサクセスの袖にすがりついて泣き始めた。

「坊ちゃん。お嬢ちゃんがかわいそうですぜ。俺っちに任せておけば、あんなカエル親子なんてひとひねりで」

ガラハットは武力で反抗することを提案するが、サクセスは首を振った。

「軍を動かすのは最終手段だ。今の段階で武力を振るうのはまずい。王国から両方に処罰が下される可能性がある」

ヴァルハラ領には連弩という新兵器があるが、アーカス子爵家だけを相手にするならともかく国が介入してくれば対抗はできない。

国の命令に逆らえるほどの力はないのである。

「なら、どうしたらいいの?」

エリザベスは涙目で聞いてくる。

「ひとつだけ手がある。お前の評判が落ちるが、それでもいいか?」

「いい!あんなカエルおじさんと結婚したくない!」

そういわれて、サクセスは手持ちのカードを切る決心をする。

「仕方ない。こういう時こそケツもちに頼るべきだな」

サクセスは王都に向かうのだった。


王都に来たサクセスは、まず王宮に献上物を送った。

「ヴァルハラ領御用商人、ゴールドマンです。紙をつかった新商品が開発できたので献上させていただきます」

担当する役人に、薄い紙がロール状に巻かれている物体を差し出す。

「これは何だ?」

「『柔巻紙』というものです。トイレで使うものです」

使い方の説明を聞いて、担当官は首をかしげる。

「……本当にこんなものが使えるのか?」

「ぜひお試しください」

サクセスにそういわれた担当官は、柔巻紙をもってトイレに消える。

帰ってきた彼の顔は、実に晴れやかだった。

「こ、これはいいものだな。尻拭き縄や、魔皮紙に比べてはるかに尻に優しいぞ」

担当官が感動するのも無理はない。この世界でのトイレ事情は悲惨の一言に尽きる。後始末は庶民は専用の荒縄か葉っぱ、貴族でも柔らかくした魔皮紙でおこなっており、拭きごこちはあまりよくなかった。

「これなら、女王陛下も喜ぶであろう」

「ほかにも、ちょっとした掃除や鼻かみに使える紙を用意しております」

サクセスは薄くて四角い紙が入った箱をさしだす。それらは白く漂白されており、清潔さが感じられた。

「うむ。女王陛下からお褒めの言葉をいただけるだろう。しばらく宿で待機しておくように」

そう言われて、サクセスは城を退出する。

数日後、城に呼び出されて女王に対面した。

「久しいの。ゴールドマン」

「私ごとき卑しき平民の名を覚えていただいていたとは、光栄の極みでございます」

サクセスは殊勝に頭を下げる。

「貴様のことは少し調べさせてもらった。優秀な『付与魔法』の使い手だそうだな」

「過分なおほめ言葉、恐縮でございます」

土下座したまま答えるサクセスを、女王はいたずらっぽい目でみつめた。

「付与魔法といえば、400年前勇者の仲間の商人にその使い手がおったそうじゃ。彼はあまたの伝説の武器を作り出し、魔王討伐に大いに貢献したと聞く」

「……」

サクセスは沈黙したまま、女王の言葉を聴いている。

「勇者は王家に婿入りし、仲間たちは功績により貴族位を賜った。しかし、なぜか商人だけは行方不明になり、歴史から消えたそうじゃ。もしや、そなたは伝説の商人の子孫なのではないか?」

「……いえ、そう思われることは光栄なのですが、私は非才なる身。伝説の商人の子孫などと恐れ多いことでございます」

あくまで否定するサクセスを、女王は楽しそうな目で見ていた。

「まあよい。そなたの家の素性などどうでもよい。大切なのは如何に今の時代に貢献するかじゃ。そなたの発明した『柔巻紙』は大変満足しておる。今後とも献上するがよい」

「はっ。そうしたいのですが……」

暗い顔をして俯くので、女王は不審におもった。

「何か懸念でもあるのか?苦しゅうない。ワラワに訴えてみよ」

「実は、ご領主様であるヴァルハラ家への貸し金が膨大な額になっており、きちんと返済されるのか不安なのです。もし金が返ってこなくなると、紙の生産にも支障をきたすかもしれません」

その懸念を聞いて、女王は考え込んだ。

「あの聖女の一族に限って、そんな不実なことをするとは思えぬがな」

「聖女様はそうでございましょう。ですが、その婿となられる方まで信用できるとは限りません」

「……どういうことじゃ?」

女王に聞かれて、エリザベスが隣のアーカス家から無理やり結婚を迫られていることを話した。

「意に沿わぬ結婚なら、断ればよいではないか?」

「それが、断ればアーカス領を通っているヴァルハラ領と王都をつなぐ街道を封鎖すると脅されまして……」

それ聞いて、女王は激怒した。

「なんと!いかに自領の中にあるといえ、街道は王家のものじゃ。諸侯がそこを通行する商人に不当な税をかけたり封鎖したりすることは許されておらぬ!」

王国を縦横無尽に走る街道は、王家が所有するものとされていた。それは道を支配することで王国内での情報収集をしたり、商人たちから交易税を取り立てる目的があるからである。

「アーカス子爵の目的は、婚姻を名目にヴァルハラ領を手に入れること。そうなったら、借金を踏み倒されるかもしれません。かといって、断っても街道を封鎖されて商売ができなくなりますし」

「よかろう。ワラワからこの婚姻は認めぬと命令しよう」

それを聞いた宰相が、あわてて女王を止めた。

「陛下、貴族間の婚姻に王が口を出すというのは、いささか……アーカス子爵の寄り親であるアシュラ辺境伯の立場もございますれば……」

「ううむ……では、どうすればよいのじゃ?」

困った顔で聞いてくる。

「事を荒立てずに収める為、女王陛下にいただきたいものがあります」

サクセスがある提案をすると、女王はにんまりと笑った。

「よかろう。契約や信義は国の基となるものじゃ。いかに貴族といえども、一方的に反故にしてよいものではないからのぅ」

さっそくある保証書を発行する。それを手に入れて、サクセスはようやく安心するのだった。


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